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生活保護基準額の引き下げをめぐって

個人住民税非課税限度額と生活保護基準額をめぐって
               2013年5月18日 専修大学生田校舎
               日本地方財政学会第21回大会 
               共通論題2、個人住民税の非課税限度額 コメント
               奈良女子大学名誉教授  澤井 勝

 自民党は生活保護費の切り下げを公約に掲げていた。
 「生活保護の見直し。最後の政府ティーネットとしての機能は維持しつつも、不正受給者には厳格に対処します。高齢者も含め、就労困難者と就労可能者について別途の仕組みを検討します。「手当よりも仕事」を基本にした自立・就労支援、生活保護費(給付水準の原則1割カット)・医療費扶助の適正化、自治体における現金給付と現物給付の選択的実施など抜本的な見直しを行います。」
 
 自公政権は今年の予算で大幅な生活扶助基準額の切り下げを決めた。
 第25回社会保障審議会生活保護基準部会の答申(2013年1月18日)を受け、2013年8月から生活扶助基準を国費ベースで、2015年度までの3年間で670億円程度、今年度では150億円程度、引き下げるとした。ただし、社会保障審議会生活保護基準部会報告の意見では引き下げについては、慎重な意見もあったが、政府は主として物価下落の影響を考慮したとして、引き下げを予算化した。

 内容は、1、生活保護部会の現在の生活扶助基準と全国消費実態調査の第1・十分位世帯の消費実態との比較をもとに、その差等の調整額で90億円。
 2、前回見直し(平成20年)以降の物価動向での調整で580億円(本体510億円、加算分で70億円)の減額を行った。
 
 これによって生活扶助基準額は平均で6.5%、最大で10%の引き下げとなる。
 厚生労働省の試算では、都市部と若年層に影響が強く及ぶ。都市部にすむ40代夫婦、小学生、中学生の子供の4人世帯では現在の受給額は28万2000円だが、2015年度には26万2000円と2万円、9.3%削減される。生活保護の地域給地1級地(都市部)では、30代と4歳の母子家庭では19万1千円が18万3000円となり、8000円、4.2%減となる。町村部の60代夫婦と、41歳から59歳の単身者は、受給額は変わらないかやや増える(産経新聞など)。
 
問題点

1、 生活保護基準額の引き下げと「最低限度の生活」費
・生活保護基準額が現在、他の福祉的施策の給付にあたっての所得水準として採用されている(就学支援費、国民年金保険料減免など40例、厚労省の資料)。最低賃金も生活保護基準を下回らないよう設定するよう求められている(最低賃金法第9条)。これは現在、生活保護基準が、憲法第25条で「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」としている、その事実上の「最低生活水準」として機能していると言ってもよい。このため、特に生活保護基準額の削減にあたっては、その内容について、十分に正統性をもった資料に基づいて検討されるべきである。繰り返しになるが、それは憲法第25条に言う「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ことを具体的に保証するものだからである。
 ところでこの憲法25条の「最低限度の生活を営む権利」は憲法第13条の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」を基礎としていると考えられる。
 ところで、自民党の憲法改正草案(平成24年4月27日決定)では、この13条から個人が消えている。それに代わって「人」という集団的概念が出てくる。「全て国民は、人として尊重される。」生活保護受給者も「個人」として尊重されるのではなく、ぼんやりと「人」として尊重されるにとどまる。
 また、後段についても、「公共の福祉に反しない限り」が、「公益及び公の秩序に反しない限り」とより具体的に「幸福追求権」に制限がおよぶことが予想される改正案となっている。つまり憲法25条を、またその事実上の実現形態としての生活保護法に基づく施策が、時の政府や国会の予算や立法によって、より強く恣意的に制限することも可能になるとも考えられる。その第1歩としての今回の生活保護基準の強引な引き下げでなければ幸いであるが。

2、引き下げの説明不足と「最低生活費」の定義のあいまい化
 生活保護基準の引き下げが、自民党の選挙公約(原則一割削減)に基づいて行われたため、社会保障審議会生活保護基準部会の報告(2013年1月18日)を十分に踏まえたものとなっていない恐れがある。
・報告では、生活保護基準と全国消費実態調査の第一・十分位世帯との比較で世帯ごと、年齢ごとの比較でかなりの乖離があるとしているが、その態様は多様だと指摘している。また、その理由については明確になっていない、としている。これに対して十分な検討が加えられたとの説明がない。
 一方では、デフレ状況による消費者物価指数の下落が主な要因となっている。しかし、デフレの低所得者の生活費への影響については、むしろ否定的な意見が強い。生活扶助費の第一類(飲食費や被服費など個人的な経費)と第二類(光熱費、家具什器など世帯単位の経費)ともに、デフレの影響は出にくい。下がっているのは、自動車関連、大型家電、32型テレビなど低所得者には影響が出にくい商品だからである。
 また、3.11の原発事故後、全原発が一時運転停止となったこともあって、火力発電への依存度を高める電力会社は、家庭用電気料金も引き上げるよう申請し、関西電力に対してはこの4月2日に経済産業大臣が認可している。値上げは2014年5月1日からで、月に300kw使用で6844円から7301円に、6.68%引き上げとなる。また。円安の進行で、小麦等の輸入財の価格上昇があり、広範囲なコスト・プッシュ・インフレの可能性がある。経済拡大の可能性を持つディマンド・プル・インフレの可能性は低い。
 したがって従来の方式での生活保護基準の設定では、物価要因はむしろ上昇因子のほうが目立つということもできる。
 ここでは、最低生活費=生活扶助費(第一類費、第2類費、老齢加算(現在は廃止)、母子加算、児童養育加算)+教育扶助(全国消費実態調査平成16年度特別集計の例)という考え方で算定された水準が、憲法25条に言う「健康で文化的な最低限の生活」を支える水準として想定されていることを前提としたい。(厚生労働省社会・援護局保護課「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について 平成22年4月9日」などの事例)

 (なお諸費者物価指数の動きは、この10年次のように下落というより横ばいであるので、「物価動向の調整」は説明にならない。2010年=100
 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年
 101.0  100.7  100.7 100.4 100.7 100.7  1002.1 100.7  100.0
 
 2011年 2012年
99.7 99.7 )
 
 また、第一・十分位との比較によって、もし生活保護基準が上回る場合に「生活保護基準」を引き下げることは、「健康で文化的な最低限度の生活」を引き下げていくことにならないか、という問題がある。この低所得者層の中には、生活保護の捕捉率が20%という調査もあり、生活保護を受けないが、生活保護基準以下で生活している層が相当多く含まれているので、憲法25条に言う「最低限度の生活以下」で暮らす人への水準に、「生活保護基準」を引き下げ、それがまた「最低限度以下で暮らす人たち」の生活水準を引き下げることになる可能性がある、という指摘もある。マイナススパイラルである。
 このような「最低限度の生活以下」で暮らす人々への具体的な生活支援の方策も急がれる。

3、一次的影響
 1、生活保護費の引き下げで、現在の生活保護受給者の消費水準が引き下げられ、「健康で文化的な生活」保障という原則が成立しなくなる可能性がある。
 2、生活保護の生活扶助基準引き下げによって非課税基準(所得割については地方税法第295条、附則第3条3項、均等割については地方税法第295条と市町村税条例、さらに施行令、施行規則の改正が必要)も引き下げられると、従来非課税だった均等割、所得割が課税となる低所得者が生じる。
 3、貧困の連鎖を断ち切るための就学支援などが少なくなり、「貧困の連鎖」を強めることになる恐れがある。
 4、就労活動に差支えが生じることが予想される。たとえば携帯電話が持てない、交通費が不足する、身なりが整えない、など。

4、二次的影響
生活保護基準を利用する基準としている制度から排除され、負担が増える福祉サービスが多数ある。
・就学援助 給食代、修学旅行費用、学用品代など。世帯所得が江戸川区は生活保護基準の1.5倍、足立区が1.1倍以下を対象としている。公立小中学校に通う子供の15%、157万人。
・保育料の減免
・国民年金保険料の免除
・医療保険の自己負担限度額の軽減
・介護保険の利用者負担や介護保険料の軽減
・地域最低賃金の引き下げに連動する可能性
  ・その他で合わせて40種類

5、3具体的施策について
1、基本は、生活保護基準額は、事実上の憲法13条と25条に言う「健康で文化的な最低限度の生活」の水準と考えられているので、この水準は維持することが、政府(中央政府と地方政府の協働で)の責務と考えられる。特に中央政府の責任が重く、この事務の中心的事務は「第一号法定受託事務」となっている。
 もし中央政府がこの責務を放棄するのであれば、地方政府は自らの判断で被害を少なくすることが求められる。また貧困の連鎖を断ち切ることと、この生活保護基準を維持することが、地域社会の「安全と安心」を中長期的に保証する一施策となるからである。その際に、中央政府に対しては、これら自治体の施策への財政的支援を強く要求することになる。物価上昇が認められる状況になった場合は、当然、生活保護基準の引き上げ、復元をただちに実施するよう、独自の低所得者の生活や家計の調査も積み重ねていくことが必要である。

2、均等割の非課税限度額について(以下は市町村だが府県との協調が不可欠)
  均等割非課税限度額については、各市町村条例において改正せすに現行制度を維持するというのも一案か。均等割の増収は期待しないということ。
(参考:介護保険の場合、生活保護受給者も第一号被保険者となり、介護保険料を払う(第一段階)がその金額は生活扶助費に加算される。介護サービスを受けた時の利用者負担(1割)は生活保護費の介護扶助で支払われる。低所得者でも介護保険料を払うという原則を守る。)

3、所得割の非課税限度額について
 これは地方税法の改正になる。これについては、その実施基準を市町村で左右することは難しいだろう。立法段階でどう緩和するかについて、制れ指定都市協議会や知事会で議論をまとめ、要求をまとめる。と同時に、市況緩和策を先ほどの憲法的視点と自らの財政状況をみながら、可能な限り工夫することが求められよう。
市町村が単独事業で、従来の非課税世帯への影響緩和措置を実施することになる。

4、二次的影響について
多くが自治事務であると考えられるので、それぞれの施策に即して、低所得者の「健康で文化的な最低限の生活」を維持できる制度として、整備していくことが求められる。 
  
5、生活困窮者自立支援法(案)などについて
 生活保護受給者を含む、低所得者層に対する「生活困窮者自立支援法」の地域での具体化を、本当の意味での「個人の尊重」の理念に基づく「自立支援」施策の展開を期待する。自民党の厚生労働部会で「改正生活保護法」と「支援法」がまとまった(5月10日)。この支援法に挙げられた施策のいくつかは、すでに釧路市や埼玉県、豊中市、箕面市などで先行して実施されている。この法律の施策や、その他の先進事例が、生活保護受給者や低所得者の切り捨てにならないよう、すなわち実際に困窮者支援になるよう、自治体への期待は大きい。

6、均等割の税率の見直しについて
・均等割が全国一律の法定税率であることの是非
・均等割の超過課税について(森林環境税など)
・サッチャーのポール・タックスの失敗(1990年導入、1993年廃止)や、人頭税の歴史を検証することも必要かもしれない。
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