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セイフティーネットの再定義と財政基盤

                           

                           (初出:大阪市政調査会『市政研究』07年春号)

                     奈良女子大学名誉教授 澤井 勝

 

目次:1、セイフティーネットの再定義 2、生活保護にいたる前の施策がない 3、保護申請とNPO 4、母子世帯の場合 5、他法他政策の未整備と生活保護 6、自立支援プロジェクトの工夫 7、ソーシャルワーカーの設置を 8、知事会・市長会の「新しいセイフティーネットの提案」 9、現行制度の柔軟な運用の工夫 10、住民参加とNPO 11、所得税の累進性の回復と消費税

 

1、セイフティーネットの再定義

 このセイフティーネットという言葉は、この2年ばかりで急速に普通名詞として人口に膾炙するようになったが、もともとは神野直彦東大教授や金子勝慶応大学教授が積極的に取り上げ、市場原理主義批判の文脈で使うようになったと思う。言葉の本来の意味は、サーカスの綱渡りや空中ブランコの下に張るネットを指す。これは単なる安全網ということではなく、落ちてもそれで一巻のおしまいにならないための装置があるために、人々をより大胆なチャレンジに導くものとして使われ、その意味では、優れて競争社会の推進にふさわしい仕組みでもある。

 現在問題なのは、このセイフティーネットがいたるところで破れ、そこから落ちこぼれた人々が、「貧困の罠」にはまって、再起不能状態で放置され世代を超えて新しい底辺層を形作りつつある、という点である。それはまた若年層での「ニート」であり、全ての雇用関係での「ワーキング・プア」層の定着である。また、3万円とか6万円の低額年金に依存し、あるいはそれもないような無年金の高齢者が確実に増えてきているし、今後とも増大することが予想される点である。

 このようなセイフティーネットの破綻は、80年代後半以降のバブル経済の膨張と崩壊と平行する、下記に見るような所得税の税率構造を累進制からフラット化することに代表される所得格差の拡大施策と、「格差社会への構造改革」を進めた小泉政権によって加速されたと言っても良い。

 

1表 所得税等の税率構造の推移

                    住民税の最高税率   合計の最高税率

1974年度 10%から75%の19段階    18%          93

1984年度 10.5%から70%の15段階    18%          88

1987年度 10.%から60%の12段階    18%          78

1988年度 10%から60%の6段階     16%          66

1989年度 10%から50%の5段階     15%          65

1999年度 10%から37%の4段階     13%          50

2007年度 5%から40%の6段階      10%          50

(財務省資料「所得税の税率構造の推移」20064月、から作成)

 

 これに加えて、2003年度から2007年度まで、証券市場の拡大を目指し、上場株式の譲渡所得と配当所得には住民税と所得税を合わせて源泉徴収10%という分離課税の優遇措置がとられた(これは07年度で見直しの予定)、このことが「金持ち(勝ち組)優遇を是認する社会意識」の形成を助長したことも事実である。

これは同時に、地域格差の拡大であった。特に財政再建のために推進された公共事業の削減は、それに代わる所得と雇用の機会が十分用意されることがなかったため、地方的地域の経済を低迷させることとなった。

 現在は、「セイフティーネット」という言葉は、かなり広く使われており、「生活の保障」というより広い意味で使われることが多い。このように言葉の意味を広く捉えることは、全ての政策担当部局が当事者としての自覚を持つという意味でも重要である。その上で最も基礎的な生活保護を今後どうするか、その施策を明確にし、それを実現する具体的な取り組みも重要である。

 ここでセイフティーネットを仮に再定義しておけば、「最後のセイフティーネット」としての「生活保護制度」を基盤として、その保護基準以下か同程度の所得で暮らす「ボーダーライン層」の自立を支援する、より広範な仕組みが想定される。その内容の例としては、高齢者や障害者の福祉政策と地域福祉施策、雇用保険など失業政策、職業教育や再訓練施策と就労支援、それに小中学校の義務教育、高校教育などの見直しと青少年の居場所と職業教育、引きこもりや登校拒否する子ども達の居場所づくり、健康維持など保健政策、国保から落ちこぼれる人びとをカバーする医療制度、中小零細企業への資金援助など支援制度、などが重層的に組み立てられる必要がある。

 

2、生活保護にいたる前の施策がない

06年の9月から大阪市職員労働組合の市政改革推進委員会とともに、大阪市市政改革に向けた施策を研究する機会がもたれ、1217日にはその課題別集会が行われた。本稿は、そのうちの「セイフティーネット・プロジェクト」の議論とレポートを下敷きにしながら、セイフティーネットの基盤となる生活保護制度を中心に検討し、制度改革を実現するための財政施策の考え方、および行政とNPOなど市民との協働について触れておくこととしたい。(なお、他の課題は「環境」、「まちづくり」、「自治システム」の三つである。)

 まず現場の生保ケースワーカーを中心とし、教育支部や経済局支部、病院などのメンバーからなる「セイフティーネット」分科会の議論で明らかになったことの一つは、一度生活保護を受けるようになると、なかなかそこから出ることが難しい、という点である。「利用しにくく、出にくい」制度、すなわち「貧困の罠」につかまりやすい状況となっている、と言える。このことは既に多くの指摘がある点である。これには、まず生活保護を受けられるようになるためには、それこそ生活面で、また精神的にぼろぼろにならないと受けられず、再起するための資源とか意欲とかを喪失した段階でしか受けられないという現実がある。そこから人々が再出発するためには、多様な支援組織や資源が必要で、今の施策体系ではなかなか難しいのが現場の実感だという。そう言った観点から、総合的な「生活保護世帯の自立支援施策」を工夫するとともに、生活保護に至る前の「ボーダーライン層」や、「低所得層」に対する積極的な施策が求められている。

 簡単に言えば、「利用しやすく、出やすい制度」が求められている。このことは、社会保障制度審議会の福祉部会の下に置かれた「生活保護制度のあり方に関する専門委員会」が200412月まとめた「報告書」が目指すものとしたことと一致する。

まず利用しやすい制度にするためには、第一に「ミーンズテスト」(資産調査)の緩和が必要である。これについては「専門委員会報告書」は十分に踏み込んでいない。この「利用しやすい」という意味は、生活保護基準に達していない生活水準の人が、被保護者の数倍いるという現実に対して、これら「ボーダーライン層」が積極的に自立に向けて活用でできる制度をつくり、また現行制度の運用上の工夫を行うべきことを意味する。例えば後に触れる「短期の一時支援」においては、「住民税の非課税証明書」と「受け取り郵便物等による住所地の確認」および「預貯金通帳の確認」等で、短期の給付や低利資金融資を行うことが行われてもよいであろう。

 

3、保護申請とNPO

もうひとつは、生活保護申請段階での、一部の都市などに見られるケースワーカーの過剰で違法な裁量権の乱用による申請妨害の排除である。(061月放映のドキュメント「生活保護」などに映像と音声が記録されている。)このような申請段階での制限は、厚生労働省の「保護行政の適正化の手引き」などによる「指導」が大きな推進力にもなっている。   

このような生活保護申請書を渡さないという人権の無視に対しては、申請者と同行するNPOなどがよく機能している。東京新宿区にあるNPO法人「自立生活サポートセンターもやい」(湯浅誠事務局長)は相談者のアパート入居時の連帯保証人となるともに、社会福祉事務所への保護申請に同行することもある。同会のホームページには次のようにある。

「生活保護申請に相談者と一緒に福祉事務所へ付き添って行くことがある。相談者が生活に困って、所持金もなく、頼れる身内もいなく、どうにもならなくなったからである。その原因はさまざまだが、多いのは仕事に関するものである。例えば、仕事に就いたが、週一回程しか仕事がないとか。会社を辞め或いは解雇されその後、次の仕事が見つからないとか。そして生活困窮になる。そこで生活保護申請に行くことになる。しかし、生活保護は簡単には申請できない。なぜかと言うと、福祉相談員に申請できないと言われてしまうからである。なぜ申請できないのだろうか。もやいに来た相談者の例で見ていきたい。
 Yさんの場合、職場の人間関係が悪化して仕事を辞めた。その後、就労活動するが見つからない。これに対し相談員「自分で勝手に仕事を辞めて生活に困ったと言っても、生活保護にはなりません。」そしてYさんは、就労活動が一ヶ月の間に四、五回程だった。これに対して「仕事探しが不十分、病気でもないですよね、生活保護にはなりません。」次にKさん(50代)の場合、相談室に入るや、生活保護の説明で「65歳以下では病気でない限り生活保護にはなりません。」そしてKさんは、失業保険を月額12万円程受給していたが、そのうち月5万円をパソコン講習費にあてていた。これに対して「なぜ仕事探しに集中し
ないのですか、それで困ったと言われても保護にはなりません」と言われる。最後にMさんの場合、「必要書類(前三ヶ月分給料明細などなど)が揃っていないと申請できません」と言われる。
 このように相談員から口頭で申請できませんと言われてしまえば、本人としてもどうすることもできないと考えるのが普通である。しかし、本当に申請できないのだろうか。決してそんなことはない。以上のケースでは、結果的に全て生活保護になった。私たちには、最低限度の生活をするために保護を請求する権利がある。仮にこれまでの生活にまずい点があって生活困窮になっても、保護を受けつつそれを改善していけば良いのである。
 私が相談者と申請に付き添って実感するのは、本当は保護になるべき状態なのに、簡単に申請できないと言われてしまうケースの多さである。もちろん、全てがこのような消極的な対応ではないのですが・・・(20056月 小林)」

この同行申請は05年に始めて既に1000件以上の保護を実現してきた、という。

 

4、母子世帯の場合

他制度の不備では、プロジェクトの西森リポートは、母子世帯について次のように指摘している。「これまでの連年にわたる財政制度審議会の建議や「専門委員会」報告を受けて、2005年度の生活保護基準改定に伴ない、母子加算については「母子加算の対象年齢を引き下げ、それに伴なう支給対象外部分については3年の経過措置を設けながら段階的に廃止」と見直しが提案されている(07年度から実施)。このように母子加算を廃止し、保護基準を引き下げたところで母子世帯が経済的に自立するのは困難であることに変わりがない。問題は、就労している母子世帯の大半が、子どもが成人し就職するまで保護が廃止にならないというところにある。母子家庭を困窮に追いやっているのは、住宅費・教育費の負担の大きさ、子どもを抱えて働く女性の賃金の低さと雇用の不安定な実態が主なものである。安定した雇用と十分な賃金、そして住宅・教育・医療に対する公的な支援制度があれば、ほとんどの母子家庭は生活保護を受けることなく生活が可能であるといえ、財政的見地からの基準切り下げだけでは、母子家庭の勤労意欲と経済的自立をはかることになんら寄与しない。」

以下、議論の中で指摘され、各人のレポートで触れられている問題をいくつか触れてみよう。

 

5、他法他政策の未整備と生活保護

生活保護とその他の生活支援施策との関係については、市職労プロジェクトチームの辻レポートの整理を参考にしてもらいたい。「生活保護制度が「最後のセイフティーネット」であるといわれる所以は、生活保護制度が自助努力や他法制度優先の原則をとっており、他の方法によって救済されない場合に保護を適用するという社会保障制度の補足的な役割を担っているころに由来する。・・・つまり本来は生活保護制度に社会保障の根幹を担わせるのではなく、「最後のセイフティーネット」である生活保護制度を利用しなくとも自立した生活が営めるような社会保障分野の他法他制度を充実させることこそが重要とされていたのである。」

 ところが現実は、他の法律や他の制度が十分に整備されないまま、生活保護が最大の社会保障制度として重荷を背負わされている状況である。つまり、傷病や障害のために働くことが出来ない人、失業者やフリーター、非正規雇用による不十分な所得と生活費のギャップに苦しむ人、多重債務者、不十分な教育による雇用機会の喪失や制限などの条件を複合的に抱えざるを得ない人への支援サービスの欠如がある。これらの人びとが、生活保護を受け、また保護に至る前に必要な生活支援サービスを利用して自立できるような制度設計が行われ、その運用が工夫される必要がある。これらは21世紀に入って「格差社会」と「競争社会」の裂け目が明瞭になってきている現在、社会の安定性と公平性を構築する不可欠の課題である。

 

6、自立支援プロジェクトの工夫

前掲の「専門委員会報告」に基づき、2005年度から社会福祉事務所の取り組みとして、「自立支援プログラム」の導入が進められている。「専門委員会」では、「個別の自立支援メニューを所管する他の部局との調整をし、ハローワーク、保健所、医療機関との連携を深めるとともに、@就労支援、カウンセリング、多重債務問題、日常生活支援等に関する経験や専門知識を有する人材の活用、A社会福祉法人、民間事業者等や民生委員、社会福祉協議会との協力強化およびアウトソーシングの推進、B救護施設等の社会福祉施設等との連携等、地域の様々な社会資源を活用することにより独自性を生かした実施体制を構築することが必要」とされている。

 雑誌『ガバナンス』(ぎょうせい)の200610月号の特集、「現場から考える生活保護」では、この「自立支援プログラム」の事例報告が参考になる。東京都板橋区の赤塚福祉事務所では、厚生労働省から雛型が示された、@「生活保護受給者等就労支援事業」活用プログラム(PG)、のほか福祉事務所単独で、A就労支援PG、B精神障害者退院支援PG、C高校進学支援PG、D人工透析患者支援PG、E在宅要介護高齢者支援PG、F在宅移行支援(更生施設活用)PG、G不登校児支援PG、Hひきこもり改善支援PG、I精神障害者在宅生活支援PG、の10のプログラムを立ち上げている。この自立支援プログラムはケースワーカー(CW)がその目線で構築したもので、全CWに「作成提案書」の提出を求めて、被保護者を援助する上での問題点、援助・指導の現状、援助案など37人から47件の提案があったと言う。

 

7、ソーシャルワーカーの設置を

ここでわれわれが必要だと考える視点は、安易な「アウトソーシング」ではなく、福祉事務所に「新たな専門性」を構築し、06年度から介護保険制度に位置付けられている「地域包括支援センター」などとの連携を図ることなどによって、「社会福祉事務所」を「生活支援センター」に改革していくという視点である。大阪府の場合は」これに、「地域福祉計画」の中心的な担い手として「コミュティ・ソーシャルワーカー」(CSW)の設置が05年度以降に全ての市町村で進んでいる。このCSWは地区社協や連合自治会、民生委員や福祉推進員をつないで、相談事業を実際の支援に結びつけることが期待されているので、」このCSWが地域での「ボーダーライン層」の生活支援の相談事業の第一線となることも期待できる。

また同じく大阪府の場合、2002年度から「地域就労支援事業」が府単独事業として進められ、各市町村には「地域就労支援センター」に専門職員(嘱託など)である「地域就労支援コーディネーター」が配置されている。これも生活保護受給者とボーダーライン層の就労支援を継続的に行っていく人材の配置である。

われわれはこのようなコミュニティソーシャルワーカーや地域就労支援コーディネーターのような「ソーシャルワーカー」を新しく養成し、直接に地域に出向くことが必要であると考えている。そのためのドロップイン型の「相談コーナー」が、コンビニの数ほどあるようにしたい。それは、NPOやボランティアグループが運営するものとネットワークを結ぶことになる。

さて一方で、このように複雑化する非保護世帯の状況に対応できる職員の専門性が問われている。しかし、現実はそれに対応できていない。西森は次のように言う。「職員個々の経験不足を解消するための力量アップの取り組みが必要であるが、そうしたことが個人任せになり組織的に進められていない点や、またベテラン不在ということもあって十分に対応できていないのが現実となっている。またオーバーワークに(陥り、超過勤務や休日出勤が日常化しているし、メンタルヘルス問題も指摘されている。さらに各自治体の人事政策にも課題があり、新人を先行した人員配置や、短い人事異動サイクルをほとんどとなっており、専門性や経験が担保されにくくなっていることから、業務の水準が向上せず、職場はさらに過酷な状況に置かれると言う悪循環になっている。」

 

8、知事会・市長会の「新しいセイフティーネットの提案」

全国知事会と全国市長会が設けた検討会の「新たなセイフティーネットワークの提案」(200610月、木村陽子座長)については、概ね方向性としては賛成である。主な論点は二つある。第一には、高齢者への生活保護は生活扶助としての現金給付に純化して、別立ての制度として切り離す。安否確認や健康管理、権利擁護などは介護保険や地域福祉施策など他の高齢者施策でカバーする。第二は、高齢者以外の「稼動世代」については、5年程度の有期の生活保護として現金給付をするが、中心は就労支援とする。ただし、重度の障害などで働けない人には生活保護として生活支援事業を残す。中心はやはり、保護からの脱出の動機を組み込んだ制度であるべきだと言う点である。

検討会のメンバーでもある八田達夫国際キリスト教大学教授は、次のように指摘している。「日本の生活保護受給者には就労への動機付けがない。稼ぎの全額ではなく、例えばその半分を生活保護給付から減らすことにすれば勤労を促す効果がある。この仕組みを「負の所得税」という。負の所得税の導入と同時に全く働かない人(特に家族人数が多い世帯)の支給を大幅減額し、働く人の可処分所得は現行より大きくなるよう支給額を調整すれば財政負担を増やさなくて済む。」(日本経済新聞『経済教室』061128日)

 もう一つ八田教授が注意を促しているのは、生活保護費の国庫負担率引き上げの必要性である。「自治体が優れた生活保護制度を設計すれば、担税力のない人口の流入を促し、財政収入が減ってしまう。従って、生活保護の支出額決定が分権化されれば、自治体はなるべく貧弱な生活保護制度を作り、担税力のない人口の流入を避けようとする。ババ抜きが始まるわけである。」したがって、「生活保護は、国が定めた基準額の全額を国が自治体に補助金として配分すべきである。」(同前)

 この国庫補助割合の引き上げの主張は、「分権型政策制度研究センター」(新藤宗幸センター長)の『分権型の生活保護行政に向けて』(20068月)でも同様に行われている。ただし、分権型に生活保護を変えていくために、生活扶助以外の住宅扶助や医療扶助、教育扶助などは、金銭給付ではなく「現物給付」として自治体が担うとすることが特徴である。この現物給付化については、稼動世代においては分権的で総合的な自立支援制度として、検討に値する。また高齢者施策として現物給付化することは介護保険給付とシームレスに繋ぐと言う点では、介護保険の財源を確保するという観点から検討すべきだろう。

 

9、現行制度の柔軟な運用の工夫

その他の点では、プロジェクトチームの森レポートにある、現場で可能性をさぐる施策の提案がある。まず、現在の制度の柔軟な適用の工夫として、短期の期限付き給付が望ましい、とする。「期限付であれば就業意欲を失わず求職活動を継続することが期待できる。生活保護を受けない前提であれば、まず貸付制度を利用してもらいながら、就業してもらう。」

 相談では、特に「法律相談」の充実が求められる。区役所が行う月に2,3回の法律相談では2030分で十分ではなく、フォローも利かない。顧問弁護士制度のようなものの検討が必要である。これについては、職員の中に法律相談専門員を養成することも求められるであろう。

 もうひとつは、総合受給票を整備することが求められる。生活保護、5法なら5法、介護保険なら介護保険と個別に管理されている。これを1枚の受給票として総合化することで、社会的な自立支援にも役立てることも可能になる。

 

10、住民参加とNPO

さらに、中島レポートは釜ヶ先の経験をとおして、NPOとの協働の重要性を提起している。NPOは運動団体として行政との対立の時代を超えて、いまや大阪市の野宿者施策の不可欠のパートナーとなっている。「NPO法人は高齢日雇い労働者の日々の職の確保という地道な活動を通じて、あいりん地区内に留まりがちなとりくみから、市内各地へ活動の場を広げ、市民の視野に映る活動を行ってきた。このことから明らかになったのは、あいりん問題や野宿生活者の問題について、行政単独では限界のあるデリケートな課題に、NPO法人として取り組むことで成果をあげてきている。「暮らし人」の視点を持つ中で、行政の役割、住民やNPO参加・参画とすすめることが必要だ。」

 このような「住民参加」によるセイフティーネットの構築と言う問題は、まず行政とNPOとの協働関係を作る中で具体化をしていくことが求められる。それに条件が整えば、地元自治会や社協との連携による、地域福祉事業の展開として推進されていくことになるだろう。

 先ほど触れた東京新宿のNPO法人、「自立生活サポートセンターもやい」の活動も、このようなパートナーとして形成されてきたといえる。このようなNPOは、常に行政活動の適切な批判者としての理念を堅持しているところに、その存在価値のひとつがあることを銘記すべきであろう。

 

11、所得税の累進性の回復と消費税

さて最後に財源である。生活保護を社会的自立支援を含む経済的自立支援とし、高齢者には現金給付に純化しながら、生活水準を確保することを目指すとすると、現行の生活保護費とその周辺費用は当然これから拡大することは避けられない。そのための財源手当を明確にしておかなければならない。

財源は第一に国税として所得税の累進度の修復を行うべきである。つまり所得格差を拡大して労働分配率を引き下げ、それによって企業利潤を確保しながら株の配当や、役員報酬、株の譲渡益の恩恵を受けてきた人々に応分の負担をしてもらわなければならない。それがこの社会の正当性と公平性を担保することになる。少なくも1989年度の水準(国税と地方税合わせて65%)にまで戻すことが検討されてよい。

このような所得税の累進性の部分的な回復は、消費税の税率を引き上げる前提条件とも言える。消費税は、逆進性のある税で、税率を上げれば逆進性も高まる。したがって、逆進性を緩和するために、税率が引き上げられる場合には消費税は複数税率にすべきことは避けられない。しかし、社会の民主主義を活力あるものにするためには、これに加えて、所得税の累進性の回復によって消費税増税とバランスをとることは、政治的な要請でもある。

なお、所得税の累進性を、真に社会の公平性を担保する道具として活かすためには、原則として「分離課税」を廃止し、「総合課税」を実現することが求められる。つまり、「流した汗が報われる社会」であるためには、汗を流す前から存在する不公平な資源の配分が、働くこととの報酬と言う点では無視できるほどに平均化されていることが必要で、その一つの方法が、税制による資源配分の偏りの是正にあるからである。

また社会保障税として炭素税(ガソリン税、石油ガス税)の一部を活用することも検討すべきである。現在議論になっている「道路目的財源」のうちガソリン税は炭素税の一種であり、経済活動から生じる税収である。この税収は、経済活動から生じる所得格差を是正するために人びとの生活のセイフティーネットの構築というかたちで還元すべき財源という性格も持っていると考えるべきである。

さらに、生活自立支援を具体的に担う自治体、特に大都市財源として事業税の外形標準の拡充が考えられる。また法人事業税の外形標準課税の拡充も求められる。これはいずれも企業の経済活動の結果生まれる外部不経済をカバーする財源としてその役割を果たすことが求められる。地方消費税の税率の引き上げも当然に焦点となる。

 将来的には、税と保険料を合わせた国民の負担の国民所得(GNI)に対する割合を言う「国民負担率」を、現在のイギリス並にしていくことを、国民的合意としていくことが必要である。

 

2表 国民負担率の国際比較

             国民負担率  潜在的国民負担率

                    (財政赤字含む)

日本(2006年度)     37.7       43.9

アメリカ(2003)     31.8       38.3

イギリス(2003)     47.1       51.2

ドイツ(2003)      53.2       58.4

フランス(2003)     60.9       65.5

スウェーデン(2003)   71.0       71.1

   (財務省「わが国税制・財政の現状全般に関する資料」から作成。)

 

なお、自治体では、短期的には新しい財源を見込むことは難しいといえる。ここでの基本は、人件費を生かすということである。つまり行財政政改革をすすめて、中間的な管理部門を縮小し、そこで浮いた人材を現場に貼り付けることが重要だ。職員の専門性を高め、縦割り行政を克服することによって「予算なき行政」を追及する。そして市民とNPOとの協働を推進して、地域の人的な、また物的な資源の有効活用を図ることが最も近道である。

 


                           

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