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地方財政危機と公務労働の展望

(講演:2001年7月2日 広島県職員労働組合自治研集会 於:広島市鯉城会館)


公務労働の展望(その1)
租税収入の減と減らない歳出 国も地方も借金で 昨年からは短期市場で
赤字地方債の発行 政権党のばらまきとしての交付税としての性格も
欠けている国の責任論 国の責任による歳出の抑制プライマリーバランスの回復
自主課税について 地方債の自由化
地方債現在高倍率公債費比率誰が起債をコントロールするか 議会か
市場に任せるには 住民投票によるコントロールも 経常収支比率について
公債費が重圧に 補正予算に付き合ってきた県

公務労働の展望(その2)
分権改革 その基本は法律の解釈権が与えられたことである
解釈の前提 行政目的の把握 介護保険事業の場合 レスパイトケア 法律を読みぬく
そして相談 自治事務と法定受託事務 指導の廃止と通達の失効
県と市町村の間にも指導なし 解釈の根拠は住民のニーズである
調査から政策へ 実態調査から始まる介護保険 労働行政も自治事務として
津山圏域雇用労働センター高校生の意識調査から
雇用のマッチングのために必要なこと
ニーズを整理し組み立てる基準を住民に投げかける
住民主体の地域づくりとパートナーシップ

公務労働の展望(その3)
欧米でも福祉国家から福祉社会へ 福祉国家を標榜したことがない日本という国
市民社会をつくること 自由な個人の自由な連合 アソシエーションをつくる
コミュニティを再編成するということ スーパイバイザー、調整役としての行政
ネットワーク型の組織とは 京都市上京区春日学区の場合 北九州市も
公務労働は公務員の仕事か NPOの専門性を生かせる行政の専門性
変化する公務労働課税の自主権と説明責任 憲法代8章についても考える
都道府県の将来像を
チャレンジを受ける都道府県 立法主体としての鍛錬を 変化の時代を生きる

公務労働の展望(その3)

欧米でも福祉国家から福祉社会へ
 このことは,政府の大きさをどこまで求めるか,ということだと思います。福祉国家というのがあります。イギリスの場合,ゆりかごから墓場まで,国が面倒を見る仕組みを作ったと言われます(実はそうではないんですが)。そのような福祉国家は,1990年ごろに転換しました。イギリスでも北欧諸国でも,旧来の福祉国家から,福祉社会へ転換した。この背景として,大きかったのは,財政制約です。経済成長が頭打ちになってきて,税収は増えないということが,はっきりしてきた。一方で福祉ニーズを含め,公共ニーズはふくらんでくる。そのギャップをどう埋めるかというと,それぞれが担い合って行かないといけない。それで,福祉国家から福祉社会へという方向へ,各国とも転換をしました。日本の場合はそれがはっきりしていない。なぜかと言うと,日本は福祉国家を,標榜した事がないからです。事実上は,日本は相当福祉国家です。アメリカに比べれば,相当福祉国家です。医療保険だって,日本は一応皆保険ですから。他のものも,ドイツに比べても,福祉国家的です。ドイツは純粋な保険だから,保険料だけでやっている。日本の保険は,医療も年金も,大体半分税金が入っている。今回の介護保険もそうです。そういう点で,非常に福祉国家的です。国の責任が重いんです。

福祉国家を標榜したことのない日本という国
 ところが,それはなし崩しにそうなって来ていて,福祉国家を誰も標榜した事はない。受ける方も福祉国家としての,サービスの享受という感覚がなくて,文句は多い。それは実は不幸なんです。なし崩しと言えば,自衛隊もそうですが,なし崩し国家というのは困ったものです。福祉国家状態なんだけれども,福祉国家を誰もめざしていなかったんだから,転換のしようがない。だって,社会党とか革新陣営だって,福祉国家と言わなかったんですよ。福祉国家と言うと,管理国家と規定していたんですから。我々に,目標として福祉国家はなかった。スウェーデンみたいになりたいと,ゴルバチョフは言いました。福祉国家をめざすということで,ゴルバチョフは明確だった。
 さて,福祉国家をめざさないまま,福祉国家的なものになった。だけど,財政負担はそれなりに大きいわけで,それを転換しないといけない。今からでも遅くはないから,福祉国家から福祉社会へという,明確なメッセージが必要です。

市民社会をつくること
 これについては,理論的にはたくさんあります。目標は何かというと,社会を作ること。今,日本に社会はあるか。阿部勤也さんという歴史学の方がいらっしゃる。阿部さんが,日本には社会がなくて世間があると述べています。それぞれのタコツボの世間がある。公務員には公務員の世間,○○局には○○局の世間。大学の先生だと,学界という世間がある。全然役に立たない論文をたくさん書いていても,世間では認めている,学界の中では流通している。しかし市民社会は開かれている。日本には市民社会は,まだないと言って良いのではないか。これからも十全なかたちであるかどうかわかりませんが。しかし,希望を語るとすれば、これからは,社会をつくることが必要です。イギリス労働党のブレアが,社会を作ると言っている。社会主義ではなくて,社会を作る党だと,ブレア自身言っている。この言葉には共感します。

自由な個人の自由な連合  アソシエーションをつくる
 社会を作るとはどういうことかというと,自由な連合をした集団を作るということ。たとえば,アソシエーション。これは協会です。社会主義協会というのがあったけどね。ひとつの目標を実現するために集まった,自由に連合した人々の集まりが協会。これは地域性がない。さらに,グローバルに広がっている。
 私は,5年ほどになりますが,日本野鳥の会の会員です。これはアソシエーション。鳥を中心とした集まりですが,野鳥の会を媒介にして,外交的な国家間協定もできています。渡り鳥条約はそうです。ラムサ―ル条約もそうです。私は北九州市におりましたが,そこには,ズグロカモメというカモメが来る。これは世界に二千羽しかいないんですが,北九州市の曽根干潟に4百羽ぐらい渡って来る。そのほかにも,クロツラヘラサギとか来る。その干潟が開発の対象になって,問題になっています。ズグロカモメは,冬来るんですが,夏どこに行っているかというと,朝鮮から大陸に渡っているらしい。それで,北九州市と中華人民共和国の研究組織とが連携し協力して,ズグロカモメの夏の営巣地を守るための,共同の研究活動をしている。一種の渡り鳥協定を結んでいるんです。これは立派な外交協定です。国民国家を超えて、市民同士の結びつきをアソシエーションとしてつくる。
 そういう意味では,様々なアソシエーションの束を作っていくのが,市民社会を作ることになっていく。つまり,自由に連合した,目的がはっきりしているアソシエーションを,地道にたくさん作っていくこと。みなさんひとりひとり,アソシエーションを作ってください。私は野鳥の会に入っていると言うと,いい趣味ですねと言われる。これは,生き方だと思っているんだけど。それぞれの生き方の上に,アソシエーションを作っていく。一職員一アソシエーションというのはどうですか。地域で里山を守るための,アソシエーションでもいい。これがすごい影響力を持っていくんだと思う。

コミュニティを再編成するということ
 もう一つは,コミュニティです。これも,よく考えてみると非常に難しいし,おもしろい。コミュニティは,アソシエーションと違って,マルチパーパスです。つまりいろんな目的をもっている。アソシエーションはシングルパーパス,ひとつの目的です。コミュニティは,いろんな事業をやるからマルチです。お祭りから,ゴミ出し,水の管理とか,今もやってるところがある。あるいは入会地や会所、さらに入会林野の管理もやってました。町のコミュニティ,町内会,自治会もいろいろやっています。
 大阪教育大付属池田小学校で殺傷事件がありました。まだわからないところがありますが,精神障害者が行く場所がない。かなり惨たんたるものが,今進んでいるようですが,基本は,精神障害者が,地域で安心して生きられること。就労の場とコミュニティケアがなければ,両者にとってものすごい悲劇は,なお続くし,拡大する可能性がある。
 子どもたちが安心して住める地域コミュニティで,精神障害者も安心して暮らすことができ,彼らが追いつめられないような,彼ら自身の障害を,ひとつの個性として受け入れることができるような,地域社会を作っていく。そのために行政は何ができるか。それは保健部だけの仕事ではない。就労の場という事では労働も絡むし,町づくりという事では都市計画も絡む。あるいは農水の関係も入ってくるでしょう。ひとりの障害者が地域で生きていて良かったといえる社会を,多面的に作って行くことが求められている。精神保健法の精神はそうだと思う。それをどのように,広島県ができるか。それも大きな課題です。

スーパーバイザー、調整役としての行政
 コミュニティケアという場合,行政はスーパーバイザーの役割です。いろんな仕組みを作っていく時に,いろんな利害関係がありますから,それを中立的な,公平な地位に立ちうる行政が仲立ちしながら,いろんな人や団体をコーディネートしていくことが求められている。ですから,小学校区単位ぐらいで,ソーシャルワーカーを常置させるような仕組みを作っていかなくてはならない。これは,イギリスやアメリカではかなりは,やっています。そのような人間を配置して,人間が動いて行くような仕組みが日本にはない。そういう仕組みが,もしできれば,相当変わってくる。ひとりの人間が動くと,変わってくるんです。ネットワークを作って行ってもらいたい。

ネットワーク型の組織とは
 ネットワークがピラミッド型組織とどう違うかと言うと,ピラミッドは上から下へ流れるから,横の連絡はなくていい。あると,かえって困る。ネットワークは,それぞれが横に連絡している。ネットワークの特徴は,ノット(結び目)を,ひとつつかむと,それがセンター,中心なんです。ネットはどこかの結び目をつかむと,それが常に中心だから,ノットをつかむとネット全部をつかめる。ネットワークは,それぞれの結び目の個人が,それぞれ中心であるという運営が,できていないとダメ。そうでないと,ネットワークではなくてピラミッド型だから。ネットワークができているところは,みんな自分が主人公で絵を描きます。そういうネットワークを作っていくとき,スーパーバイザーとしての行政のあり方が必要になる。

京都市春日学区の場合
 コミュニティにはいろいろな問題が出てきます。京都市の春日学区は(小学校区が,ひとつのコミュニティたりうると思っています),春日小があって,その周りに町内会が高齢者のための見回り組織を作っていた。ところが,春日小が廃校になりました。他の小学校に統廃合された。しかし,小学校の校舎は残っている。それをミニ・デイケアセンターとして、つまりコミュニティ施設として残してもらい,会館として,いろいろな活動が持続的に取り行われている。
 そこでは,基本的にはボランティアと町内会の役員と,社会福祉協議会,病院,福祉施設,そのほか警察も消防も入っている。コミュニティとはそういうものです。警察はどうして入っているかというと,まずは交通安全です。高齢者の交通事故が多い。特に夜間,大体高齢者は地味な格好をしていますから,出会い頭にはねられる事故が,よくあって,それで交番が入った。火災の焼死者で多いのいは高齢者ですから,消防署は査察に入ります。そこでいろいろな相談を受ける。それで消防も入っていて,それを春日学区の協議会に持ち出して議論する。

大阪市も北九州市も
 いいたいことはコミュニティレベルの再構築が求められているということです。はっきりしているのは,やはり高齢者・障害者・子どもの生活を守る,より良いものに,するための組織としてです。これはけっこうできています。大阪市も始めています。サービス調整チームというのがあり,これを中心にしながら再構築して来ている。それから北九州市もけっこうやっている。コミュニティの再生が重要です。皆さんも町内会とか,やっていらっしゃるでしょう。消防団をやっているかな。そういう地域組織との関連をもう一度考えてみてもいい。地域組織のあり方について,県職員の自治研集会で,生活にかかわらせて議論してみてもいいんじゃないか。山のように材料が出るんじゃないか。それを政策化して,行政の中に返していくことがあっていい。

公務労働は公務員の仕事か
 公務労働は公務員の仕事かという話に戻ります。コミュニティとかアソシエーションは,あくまで市民,住民の仕事です。それが公務的な仕事を持っている,担っていくことになる。たとえば野鳥の会もそうですが,NGO的になってきて,ナショナルな議論になると,非常に大きな役割を果たしています。海上の森を守るとか,また北九州市でも大きな役割を果たしています。環境を守るためには,野鳥の会の意見を聞いとかなくちゃと,なってきています。

NPOの専門性を生かせる行政の専門性
 もうひとつはNPO。これはアソシエーションに似ていますが,違うのは事業体ということです。その点でもう少し専門性が強い。私たちが行政の側から見ていますと,NPOの持っている専門性を,どうやって生かしていくのかが,もうひとつの課題です。NPOの専門性を生かせる専門性。それぞれのNPOが持っている能力を,評価する能力を行政は持たないといけない。それが新たに求められている。みなさんやってきたとは思うが,意識的にそれが陶冶(とうや)されないといけない。おまかせになっても困るけど,同時に知らないでも困る。NPOは,都市計画でもそうですけど,県とか市町村との付き合いは冷めています。よく言われるのが,「あなた3年もしたら替わるのでしょ。行政の継続性はないじゃない」。行政の外側にいるNPOの方が,はるかに専門化している。そことの関係をどうしていくかです。公的なサービスを担うということでは,ある意味では対等です。こう言うと,向こうからは怒られるでしょうが,NPOの専門性をどう評価し,どう組み込むかです。

変化する公務労働
 公務労働のあり方は変わりつつある。世界的には,福祉国家から,福祉社会へという流れです。このことをよく考えてもらいたい。そこにおける,県の役割は何か。これを次の課題として考えなくてはいけない。この度の分権推進委員会の最終報告を見ると,6年間の任期の終わりに出したので,言いっぱなしになっている。それまでの勧告は,各省庁とすり合わせをして,OKが出た段階で出していた。今回のは,すり合わせをしてもムダということもあって,それをしないで出した。一番大きいのは,分権改革と財政改革です。
 もうひとつは,将来的な分権改革の展望を示している。財政改革では所得税を地方税に,つまり,市町村税を中心に,財源を地方に移譲することが,書いてある。財務省はこれを認めていない。それを小泉首相が言って,実現すると良いなと思いますが,もし実現したらどういうことになるか。所得税の一部を,市町村税あるいは県民税にする。シュミレーションをすると,国税の所得税を市税にするわけですから,広島市はかなり税収が伸びる。所得が700万円ぐらいまでの人は,市民税しか納めない。ということは,分権改革をすると,ほとんどの事が,市ないしは県で完結する。国はほとんど関係しない。

課税の自主権と説明責任
 そこで,問題点として,ひとつは市民税の税率が2倍になったりする。今まで所得税として納めていた10%分を,全部市民税で納めるのだから,広島市条例で,税率アップをしなくてはいけない。それに耐えられますか。これを地方税法改正だけでやったのでは,分権の意味がない。広島市が自ら税率を2倍にします,それでサービスはこれだけやりますと,言わなければ市民は納得しない。分権とはそういうことです。税収が増えると,喜んでばかりではなくて,その見返りとして,サービスをどうするのかを言わないと,市民は「ウン」と言ってくれない。その覚悟があるかというと,どうも無いみたいですね。何か,タナボタ式に来るように,思っているみたいです。税収をかせぐためには,バリアを越えていかなくてはならない。それだけの説明責任を果たさないといけない。それが分権の意味です。その点がわかってくると,もう少し変わってくると思います。

憲法第8条についても考える
 都道府県の将来像をもう一つの,分権改革の将来像について言います。報告書を一度,読んでもらいたい。これは政府刊行物センターには,出ています。この中では,分権改革は20年ぐらいかかるだろうと書いてあります。その先,憲法第8条の意味も問われるだろうと書いてあります。つまり,基礎的自治体の強化を言っていますから,地方分権が進んで,市町村への権限付与が進むと,都道府県はゆくゆくどうなるのか。これは,最初から言われていたことです。
 今回の分権改革は,都道府県を強化しています。様々な権限,機関委任事務だった権限が,都道府県の権限になって,本当に使ったらものすごく強力になります。本当に強くしようと思ったら,都道府県の条例でやって行く。自治法規で,条例で規定し,広島県としてやっていくことができる。それが,可能になっている。それに気がついていないので,流されているだけ。今回の改革は都道府県を,自治体として強化する改革なんです。ぜひ,条例化をしてもらいたい。あるいは自治立法である規則です。行政法規としての規則を,市民参加の仕組みに,変えていかないといけない。もうひとつは,憲法第八章にかかわります。このように,当面は都道府県が強化される。もちろん何もしなければ,弱体化しますが,強化される方向になったんです。
 しかし,20年ほど経って,市町村が力を付けてきた時,都道府県要らない論がまた出てくるでしょう。将来的に言えば,都道府県の廃絶です。推進委員会の中心メンバーである,西尾さんや大森さんはそういう考え方です。今の都道府県だったら,要らない。つまり中間施設,トンネルみたいな組織だったら要らない。事実そういう傾向があります。そこをどうやって本物の自治体にするか。行き止まりのある自治体にするか。市民,県民に直接責任を持つ組織にするか。これが新しい都道府県に,飛躍できるかどうかのカギです。それに失敗すると,今でもそうですけど,都道府県要らない論が,国からも市町村からも,民間からも言われます。
 報告書をよく読んでいただきますと,終わりの方は憲法第8条の改正論になっている。直接的には書いていませんよ。しかし,これはけっこうヤバイ。今憲法改正論は,別の意味で出ています。憲法調査会ができまして,9条を中心とした改正論があります。そこまで,踏み込んじゃった。そして,改めて都道府県という自治体,あるいは半自治体の位置が問われている。それは先ほど言いましたように,自治体としての都道府県が,これからどうやって,新しい仕組みを作っていくか。県民に対して,直接責任を持つものとして,どのくらい自分を確立できるかということです。

チャレンジを受ける都道府県
 都道府県を越える議論はけっこうあります。市町村合併が今,議論になっています。その中で,都道府県境を越えた,市町村合併の議論もあります。たとえば,島根県と鳥取県の間です。米子と安来の間では,県境を越えようという議論があります。米子の市長は熱心だから,相当大きなチャレンジを,県は受けるだろうと思います。それから介護保健の広域連合です。広域連合でも,一部県境を越えたものが,できています。県境がチャレンジを受けている。県のあり方,わが国の統治のあり方を,そろそろリアルに考えないといけない。
 最後に今回の分権改革で,法律の解釈権が,現場の職員に来ている事について。法律を解釈し,同時に立法化するのも,私たちの責任です。法律の不足部分を,違う点を正していかないといけない。国に対して,提案もしないといけない。不足だったら,それを補うための,条例化を考えなくてはならない。現在の法律を解釈し,同時に現在の法律は,絶対ではなく,違うところは,改めないといけないし,不足している点は,補わないといけない。このような,立法者としての責任,仕事が当然あるわけです。法律を解釈するということは,非常におもしろいことです。

立法主体しての鍛錬を
 私は,「逐条研究 地方自治法」というのを出しています。第四巻の「財務編」を昨年の1月に出しました。全体が800ページぐらいですが,中心は沿革です。現在の地方自治法は,明治21年にできている。大体5分の4までが,明治21年の市町村制,明治22年の府県制でできている。その後110年経っており,これが制度疲労を起こさない方がおかしい。この本の中心は,いつ,どういう理屈で,どのように改正されたかということです。沿革をやっていて,おもしろいのは,法律を相対化できる。現行法規が次から次へ,改正されている。地方自治法もそうだし,福祉関係も,めちゃくちゃ変わっている。ということは,法律は相対的なものなのです。改正される時,いろいろな立場の人がいて,グループがいて,力関係のもとで,変な条文がくっついたり,改正しそこなったりと,いろいろな形になっている。つぎはぎだらけの法律が多い。条文間の整合性が,とれないものが多い。それはそれぞれ縦割り行政で,自分のやっているのは,第何条ということで,他が見えないから,すんでいるのです。全体から見るとおかしいわけです。このようなことが,沿革を調べ,改正過程を見ると,よくわかる。10年もすると,解釈が180度変わったりする。そういうのを見つけると,おもしろい。
 さて,解釈する中で,沿革とか,なぜ立法されたかという国会論議とかを調べていくと,法律が持っているふくらみがわかってくる。そうすると,本来はここに,こんな条文があっても良いはずだとなり,ないとすると,条例でやったら良いとなる。法律を相対化すること,それでもって新しく立法する。自律ということです。その条件はある。分権改革によって,基本的には自治事務になっている。自治立法する権限は来ている。法定受託事務も,基本的には自治体の事務。したがって,原則として,条例で規制することができます。法定受託事務も実質的には,規律できる事務です。

変化の時代に生きる
 新しい県の,仕事のあり方を,考えてもらいたい。大変ですけど,こういう時代に生まれ合わせて,良かったと思ってください。分権推進委員会ができて6年目。その前の1994年は,今よりもっと絶望的でした。つまり,機関委任事務制度があって,これが変わる可能性はなかった。だから,逆に機関委任事務制度を,批判していれば良かった。みんな,機関委任事務制度が悪いんだと言っていれば良かった。ところが,機関委任事務制度が廃止になって,権限が来ている。これは明治維新以来の改革と言っていい。その意味をきちんととらえていくか,いかないかで,県の差が出てくる。広島県の当局は,あまり考えてないという感じがするが,そこは現場で大いに議論していただいて,変えて行く。
 いっぺんに全部とはいかないので,分子的移行で,一人ずつ,変えて行くしかない。それを積み重ねて行くと,10年経ってみると,変わったなということになる。財政が苦しいというのは,実はいいことです。財政が良いときは,そういう議論は全然通じない。本当は広島県は,赤字を出してもらいたい。危機感がない。交付税がくるし,借金はできるし,本当は赤字なのに普通に暮らせている。それで済んでいる。赤字を出して,さあどうするかと議論をしないといけない。何となく予算が組めちゃうからいけない。小泉首相も同じような事を考えているようですが。改めて現状を含めて,議論していただきたい。
 長時間ありがとうございました。

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