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書評、金澤史男編著『公共政策と公私分担』:『都市問題』08年5月号             
                              奈良女子大学名誉教授  澤井勝

 
金沢史男編著『公私分担と公共政策』日本経済評論社、20081月、475頁、5600円。   

奈良女子大学名誉教授 澤井 勝

 

 本書は21世紀初頭の現在を、20世紀型の福祉国家が変容する過程であり、新しい資本主義国家の理念型に移行しつつある時代として把握し、それを公共政策の「公私分担関係」という観点から多面的に分析し、叙述しようとする。20名以上の様々な専門領域をもつ若手研究者による「公私分担研究会」の多年にわたる重要な研究成果として貴重である。

 ここで前提とされている20世紀型の福祉国家とは、編著者の金沢史男による整理と試論によれば、社会主義体制に対する「対抗文化としての福祉国家」として捉えられている(9頁)。それは評者流に言い換えれば「集権的な国家社会主義」に対抗する「中央集権的な国家」主導の経済・財政システムであり、公共的福祉サービスは貨幣形態での国からの給付を中心とする福祉国家システムであった、といえる。

 この20世紀型の福祉国家は、1970年代のスタグフレーションの時代を経て、1980年代以降のプライバタイゼーションの急速な進行の中で、「支援国家」として変容しつつある、とする。金沢はこのことを先行する加藤栄一や林建久、岡本英男などの成果を参照しながら次のように述べる。

 「1990年代以降の資本主義国家は、世界経済システムの転換に照応した新たな理念型を形成しつつある。」この新たな資本主義国家の理念型は、制度改革の積み重ねによってつくられつつあるが、その改革を正当化する理念の特質は二つある。「第一にグローバリゼーションへの対応を明示することであり、市場原理の活用による国際競争力の維持が目的とされる。」もうひとつの理念は、「消費者としての国民のニード」に適合したかたちでの財・サービスの供給を可能にすることである(9頁)。評者の見方では、この後者は、イギリスのブレア労働党の施策における、「ベスト・バリュー」(お値打ち)施策にその典型の一つを見ることが出来ると思われる。

 それは公私分担という観点からは、「国家が公共財・サービスの直接供給者としての役割を後退させ、民間事業者,NPOなど多様な供給主体を支援する機能、あるいはそれらの主体が公共財・サービスの供給を十分に担える条件を整備する機能に重点を移しつつある」ところにある(同)。このことについて、「公共責任の暗黙の放棄」が指摘される場合があるが、「国家による必要にして十分なコントロールが用意される場合もあろう。」(10頁)

 さらに「新たな段階での福祉国家」の内容を規定するのは、「基本的には大衆民主主義の質と成熟度」だとする。

 以上のような「20世紀型福祉国家」から「福祉国家の新しい段階」に資本主義国家の理念型が90年代を画期にして移行しつつあるという理解に賛成である。またその「新たな段階での福祉国家」の内容を規定するのが「大衆民主主義」だという主張も首肯できる。

問題はこの「大衆民主主義」の内容をどう理解し、その新しい展開をどのように政策的な課題とするかである。このことは、政治学や社会学の領域でもほぼ同様の議論が進められている。日本では篠原一が20041月の『市民の政治学』(岩波新書)で「第二の近代」と「市民社会の再生」を提起している。基本的にはユルゲン・ハーバーマスの『公共性の構造転換新版』の長い序文に依拠して、「討議民主主義」の確立と「市民的公共性」の構築が不可欠だとしている。また直後の043月に出た山口定『市民社会論』は必読である。すなわち、経済学の領域での「福祉国家の新段階」論と、政治学・社会学の領域での「第二の近代・市民社会の再生」論とを接続し、架橋する作業が求められているといってよい。

このことについては、金澤が「公共部門を再生する道は、市民、労働者、消費者、住民の参加を保障する財政民主主義の徹底を通じて、市民の自由を保障する実質的条件を『公』と『私』のあらゆる領域で整備していく方向以外にない」(47頁)としているから、当然の課題となる。さらに金澤はこの「公」と「私」の間に本書の主題である第三セクターなどの「グレーゾーン」があるとしているが、この「グレーゾーン」はまた「協働の空間」でもある。したがって、「協働」をキー概念として政府の変容を議論している「ガバナンス」論(最近では山本啓『ローカル・ガバメントとローカル・ガバナンス』20082月、法政大学出版局など)とも接合するような議論も求められている。

さらに、地方自治体の第三セクターの評価については、短期の損益勘定からではなく、それが売る「商品」や「サービス」が本当の意味で「商品」となっているか、が重要である。くだいて言うと、公共団体が主たる経営責任を持つ経営体として、近江商人の家訓とされる「三方良し」(売り手良し、買い手良し、世間良し)の基準が基本的な評価基準となるべきだと思う。これは第三セクターの株式会社でも、またPFI事業でも同じである。商品の交換を通じた「よりよい人間関係の形成」に資するような事業かどうかが問われる。その一例は徳島県上勝町の「株式会社いろどり」であると思う。

最後に、序章を除く15章からはいずれも貴重な示唆を得たが、そのうちでも、評者の問題関心からは、現場での観察から多様な公私分担の形態を分析した、第4章「労働政策の規制緩和と公私分担」村上英吾、第5章「地域政策の展開と公共部門の役割」沼尾波子、第8章「病院PFIの検証」大島誠、第9章「都道府県の森林環境政策に見る公私分担」石崎涼子、第11章「産業廃棄物処理における公私分担の変容」関耕平、などが特に興味深かった。なお、「支援国家」としての「新段階の福祉国家」が、「公的責任の暗黙の放棄」に陥らないよう、「市民による民主主義的統制」という観点からの施策評価が各章ごとにあれば、さらに議論は前に進むと思われる

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