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1990年代の地方財政対策と国・地方の財政関係
1990年代の地方財政対策
――1989年から1998年まで  経済と予算と地方財政対策――

(2000年1月29日執筆、
初出:地方自治総合研究所『平成不況の政治経済学』00年3月発行)


1990年度の予算と日本経済
(1)平成元年度(1989年度)の補正予算 (2)1989年度における地方財政の補正措置
(3)1990年度の地方財政対策 (4)90年度の経済と財政状況
(5)90年度補正予算と地方財政補正措置 (6)91年度の地方財政対策
(7)91年度の経済と92年度の国の予算 (8)91年度の補正予算と地方財政補正措置
(9)92年度の地方財政対策 (10)92年の経済と「総合経済対策」(第2次経済対策)
(11)92年補正予算と地方財政補正措置 (12)93年度予算と補正予算
(13)93年度の地方財政対策と地方財政補正措置
(14)93年度の経済と緊急経済対策(第4次)細川内閣の成立
(15)93年度第2次補正予算と地方財政補正措置 (16)94年度予算と地方財政対策
(17)94年2月の総合経済対策(第5次)と第3次補正
(18)94年度の経済と税制改革の動き、村山政権の成立
(19)95年度予算と地方財政対策 (20)94年度補正予算と地方財政補正措置
(21)95年度の経済と補正予算 (22)96年度の予算と地方財政対策
(23)96年度の経済、橋本内閣の成立 (24)税制改革と消費税率引き上げ
(25)96年度補正予算と地方財政補正措置 (26)財政構造改革への着手
(27)97年度予算と地方財政対策 (28)97年度の経済情勢
(29)97年度補正予算と地方財政補正措置 (30)98年度予算と地方財政対策

1990年度の予算と日本経済

 1990年度の国の予算は、従来からの懸案であった特例公債の発行をゼロにすることができたことが大きな特徴である。特例公債の額は、89年度の1兆3,310億円から、ゼロとなり、建設公債も前年度に比較して1,868億円減の5兆5,932億円で、公債依存度は前年度の11.8%から8.4%に低下することとなった。

 これは、わが国経済の好調に支えられた租税収入の伸びが非常に高かったことが主な要因である。すなわち、90年度の予算の歳入見込みでは、租税印紙収入は58兆40億円と、前年度に比して6兆9,940億円、13.7%の大幅な増加となった。この景気上昇は、後にバブル経済と指弾されることになるが、この経済の膨張によって、特例公債依存からのつかの間の脱却が実現したのである。

 わが国経済は、1986年11月を底とした景気拡大が、90年6月には、いわゆる岩戸景気(1958年から1961年の42ヶ月)を抜き、いざなぎ景気(1965年から1970年までの57ヶ月)に接近する様相を示していた。89年の12月の「平成2年度の経済見通しと経済運営の基本的態度」では、89年度の国民総生産は396兆5千億円程度、名目成長率は6.4%、実質で4.6%と年度当初の政府見通しを上方修正する勢いであった。

 予算の規模自体は、66兆2,386億円で前年度に比較して、5兆8,226億円、9.6%の伸びとなった。この中で、歳出面では公債費が昭和57年度(1982年度)以来停止してきた定率繰入を復活した結果、14兆2,886億円と前年度に比べて2兆6,237億円、22.5%の大幅に伸びている。つまりバブル経済による財源余剰を、過去のつけの解消に振り向けることが可能になったのである。

平成元年度(1989年度)補正予算

 これに先だって、1989年度の補正予算においても、過去の政府債務の部分的解消が図られている。特に株取引や土地取引の投機的な傾向をもった高揚と、円高差益の発生といったバブル経済が、多額の税収増をもたらした。このため、89年度の補正予算は、89年12月24日に閣議決定されたが、その規模は5兆8,977億円と過去最大のものとなった。歳入の内訳は、租税収入の増収が3兆2,170億円、決算剰余金が2兆3,363億円となっている。国債については、特例国債の発行額を6,500億円縮減するとともに、建設国債を同額増発することとされた。

 歳出のほうでは、地方交付税の増額1兆5,959億円と国債整理基金特別会計への繰り入れ8,661億円、のほか、いわゆる隠れ借金である厚生保険特別会計への繰り入れなどが行われた。

1989年度における地方財政の補正措置

 これを受けて地方財政の補正も行われた。交付税の増収1兆5,959億円は、給与改定や調整額の復活などとともに、地域振興基金に2,500億円が振り向けられるなど、新規施策にも充当されたが、そのかなりの部分が借金返済に充当されたのが特徴的である。すなわち各地方自治体がもっている財源対策債の償還に当てるための基金として3,964億円が、各地方自治体に配分された。また、交付税特別会計のもつ借入金のうち、6,096億円を資金運用部に返済することとされたのである。

 このような地方財政の債務返済の仕方は、景気の拡大がはっきりしてきた1987年の補正予算から始まっている。すなわち、地方交付税特別会計における資金運用部からの借入金は、地方の持ち分としては、1986年度末で6兆1,443億円となっていた。この借入金は、1975年度の補正予算からいわば制度的に行われるようになったものである。

 また、財源対策債は、本格的には1976年度の当初予算から導入されたもので、これは各都道府県、市町村の地方債残高として積み上がっていたのである。

 交付税特別会計の借入金の返済は、87年度補正で2,304億円。88年度補正で1兆1,837億円、89年度当初で1兆1,360億円、同補正で6,096億円、の規模で行われた。

 また、財源対策債償還基金費として、基準財政需要額に算入され各自治体に配分されたのは、1989年度の当初予算での9,605億円、同補正予算での3,964億円。この財源対策債償還基金費は、各自治体では、減債基金に積むことが求められた。というのは、特に市町村においては、地方債の原資として政府資金(資金運用部資金、地方公営企業金融公庫資金など)が7割から8割を占め、この部分は資金の手当が出来ても返済期日の来ていない地方債を繰り上げて償還することが特に難しいため、基準財政需要額に算入された返済資金は、基金に積むことが合理的と考えられたからである。

1990年度の地方財政対策

 90年度の地方財政対策の中心は、バブル経済の余沢である税の自然増収をもって第一に財源対策債の償還基金を2兆753億円計上したことである。このため、財源対策債の未措置額は、87年度分の3,241億円のみとなった。

 第二に交付税特別会計の借入金のうち1兆4,106億円を返済することとした。この結果90年度末の借入金残高は1兆5,740億円に縮小する見込みとなり、地方財政の借金を大きく減少させる見通しとなった。これがバブル経済のよき配当であった。

 ただし、一方で、多大な投資事業の拡大と、高騰した地価が新しい政策展開を制約するといった影響、さらに第三セクターによる情報開示なき開発行政のつけなどが、バブル経済のもう一方の側面として、自治体財政に影を落とし始めていた。その典型例のひとつは、東京都湯沢町といわれた新潟県湯沢町を舞台にしたスキーリゾート開発とマンションの乱立による地域財政の撹乱である。また、投資目的のリゾートマンション開発が水の供給力を無視して進められた神奈川県舞鶴町、福岡県志免町などで大きな問題となったが、これらはバブル経済が地域にもたらした害悪のひとつのあらわれであった。

 90年度の地方財政対策では、また、いわゆる「ふるさと創生」政策の推進がひとつの政策の中心となっている。これは88年度の補正予算と89年度予算で措置された、「ふるさと創生1億円事業」という、すべての市町村に、一律に一億円の地方交付税を配分する施策の後継施策として、90年度から「地域づくり推進事業」として盛り込まれることとなったものである。これよれば、おおむね3年間の地域づくり推進事業を策定した団体に対して、その中核となる施設整備や基盤整備にかかる地方単独事業に対して、地域総合整備事業債の発行を認めるとともに、その元利償還金の一部を基準財政需要額に算入することとされた。これがその後の交付税による単独事業の拡大政策のひとつの柱として注目されることとなる。

 もうひとつは、国庫補助負担金の国庫負担率の引き下げの補填問題である。これは89年度、90年度にわたって経常経費の一部と投資的経費について国庫補助負担率の暫定的な引き下げが行われたためである。90年度におけるその影響額のうち、経常経費(義務教育追加費用)の902億円については、交付税と調整債で補填する。投資的経費7,600億円については、その全額を臨時財政特例債という地方債で賄うこととされている。この臨時財政特例債については、その元利償還費の全額を交付税で措置するとともに、86年度分については直轄事業につては国が90%、補助事業では国が50%負担する。87年度分は国が90%の負担となる。

 なおいわゆるゴールドプラン、「高齢者保健福祉推進10カ年戦略」が88年暮れに策定されことと関連して、この経費が地方財政計画に盛り込まれるようになった。

1990年度の経済と地方財政の状況

 1990年の日本経済は、株価の暴落というかたちでのいわゆるバブル経済の崩壊、および円と債券も低落するなかで、なお設備投資と個人消費に支えられて、政府見通しの実質4%、名目5.2%を上回る実質5.2%、名目7.2%のかなり高い成長を維持した。景気拡大はこの年の半ばまで続くことになる。しかし、そのあと年央から91年春にかけて屈折した景気は、平成不況の長いトンネルに入ることとなった年である。

 株価は既に1989年末に3万7千円のピークをつけたあと、暴落を続け90年中に20、000円台にまで下がり、91年には18、000円まで下落する。バブル崩壊の最初の谷は、1990年4月2日の2万8、002円で、第二回の谷で日本のブラックマンデーとも呼ばれた90年10月1日には、20、221円まで下がる。

 ところが90年の第三四半期においては、実態経済はなお実質成長率5.6%、消費者物価は対前年2.8%、消費支出の伸びは2.1%、設備投資は6/5%の伸び、失業率は2.1%と、当時の世界経済の中では、数字の上でもっともよかったのである。

 91年度の国の予算は、前年度の赤字国債脱却をうけて、「公債累増体質からの脱却」という中期的努力目標の下での、予算編成となった。一般会計の予算規模は、70兆3,471億円、前年度当初予算に比較して6.2%増となった。一方で公債発行額は2,502億円の減、公債依存度も0.8%の低下となった。

90年度補正予算と地方財政の補正措置

 年末になって国は災害復旧事業や湾岸平和基金への拠出(10億ドル)などを盛り込んだ総額2兆2,810億円の補正を行った。

 この国の補正に伴い、地方財政も次のような補正を行った。すなわち、交付税については、国税増収による増加額4,997億円と、89年度の精算額1,560億円を加えて、6,557億円が増額された。これらは、給与改定費、消費譲与税の減額などと、交付税特別会計の借入金の返済に充てられた。

 なお、国では90年度末に湾岸戦争への追加支出90億ドル(1兆1,700億円)を含む第二次補正が行われている。

91年度の地方財政対策

 この年、予算編成と地方財政対策に関連して問題となったのは、消費税の見直しと地価税の創設など土地課税の見直しであった。消費税は後に、非課税範囲の拡大等の改正が行われた。

 91年度は、前年に引き続き税の増収が見込まれたことから、地方財政の債務の軽減に交付税財源が動員された。第一に、地方交付税特別会計の借入金を1兆709億円返済すること、第二に、財源対策債などの償還基金費として1兆9,460億円を配分し、積み立てを進めるようにした。この償還基金費としては、財源対策債分2,963億円、調整債分が1兆6,497億円である。これはこれまでの需要額の構造では、税の自然増収というかたちで増加する交付税財源ではオーバーフローしてしまうからこそとれた施策である。いわば一時的な超過財政収入が見込まれた、歴史的にもまれな時期だということもできる。それもごく短期間の、それは夢のようなときであったのかも知れない。

 そして、この年の特徴は、この超過財政収入を配分する必要もあって、新しく基準財政需要額に地域福祉基金2,100億円、土地開発基金5,000億円といった基金造成のための需要額の配分が行われた点である。

 また、この状態を見た大蔵省から、強く交付税の減額を求められたことも特筆されるべきであろう。自治・大蔵間の厳しい折衝の結果、5、000億円の交付税を減額することとなった。このような、交付税の減額は、それまで5回あったとされる。すなわち、68年度の450億円、69年度690億円、70年度300億円、74年度1,490億円、82年度に1,135億円である。

 なお、国庫補助金の補助負担率の暫定引き下げの期限がきれることにともない、86年度までの水準に戻した上で、93年度までその期限の延長などが決められている。

1991年の経済と92年度の国の予算

 前年の株価の下落に続いて、高度経済成長期以降、一貫して右肩上がりの上昇を続け、80年代末には暴騰と言っていいほど上昇してきた地価も、91年に入って下落に転じ始めた。しかし、実態経済はなお政府経済見通しの実質3.8%とほぼ同じ3.7%を維持していたが、同時に、住宅投資の減少、設備投資の増加テンポの低下というかたちで、かげりを見せ始めていた。これを受けて、金融自由化を一方でにらみながら、日銀の公定歩合の引き下げが始まる。91年7月1日0.5%、11月14日0.5%、12月30日0.5%、そして92年4月1日に0.75%引き下げて3.75%の水準まで引き下げられた。

 92年度の国の予算は、名目経済成長率5.0%、実質3.5%程度の経済成長率を前提に組まれることとなった。これは大変大きな見込み違いになるのだが。結局この年の経済の成長率は、名目で2.1%、実質では0.4%に留まったのである。これが連年の歳入欠陥の始まりであった。

 予算の規模は72兆2,800億円、対前年度比2.7%の増となったが、租税収入は1.2%の増にしかならない。しかも法人特別税を2年間に限って臨時に設け、普通乗用車の消費税の税率を2年間4.5%にするという増収策をとった上での伸びなのである。一方で、建設国債を前年度に比し1兆9,370億円増額して7兆2,800億円とし、公債依存度も10.1%に引き上げることとなった。

 なおこの年、11月5日に宮沢喜一内閣が成立している。

91年度の補正予算と地方財政補正措置

 91年12月6日に閣議決定された補正予算は、年度途中で明らかになってきた歳入欠陥の補填が主な目的であった。すなわち租税及び印紙収入が2兆7,820億円減額され、90年度の決算剰余金1兆4,025億円が計上された。さらに公債の発行額が1兆3,875億円増額された。これにともない一般会計からの地方交付税が1,747億円減額されることとなった。内訳は、90年度の精算増額4,042億円、法人税の減収分5,782億円、の差し引きである。

 一方で交付税として財源措置すべき歳出面では、雲仙普賢岳の噴火災害対策など483億円の増加が見込まれた。このために、年度当初に予定していた交付税特別会計の借入金の返済額1兆719億円を2,230億円減額することによって財源を確保することとなった。これで交付税の総額は、14兆8,887億円とされた。

92年度の地方財政対策

 この年度は、前年度にひきつづき、地方財源はむしろ余剰状態となることが予想されたため、引き続き、国への貸付という名目での交付税の減額と、債務の返済措置、基金への積み増しという措置がとられたのが特色である。つまりバブル経済による税収の膨張がなお続くと予想し、一方で需要額の合理的な拡大がその歳入増加に追いつかないと見られていたのである。

 まず、交付税の総額のうち、8,500億円を減額した。これは国への貸付というかたちをとり、翌々年度(94年度)から2001年度までのあいだに、地方交付税の総額に加算するというかたちで返済するという約束となった。

 また当年度に国から返済すべき法定加算分3,035億円は、後年度に繰り延べることとされた。

 この結果、92年度当初の交付税の総額(出口ベース)は、15兆6,792億円となり、前年度当初に比較して5.7%の伸びとなった。

 歳出面ではこの年、第一に引き続き地方単独事業の拡大が行われた。電線類地中化など都市生活環境整備特別対策事業の創設、地方特定道路事業の創設などによって、14兆8,000億円、11.5%の大幅な伸びとなった。

 ふるさとづくりの後継事業としての地域づくり推進事業を投資的経費6,700億円、経常経費3,300億円と1兆円規模に拡充し、その分需要額を増加させている。

 地域福祉基金費を3,500億円(前年2,100億円)に拡大するとともに、土地開発基金費を5,000億円と引き続き設置した。また、新規に環境保全対策費として、生活環境整備、自然環境保全、公害対策等の経費に充てるために、一般行政経費のなかに単独事業分として1,700億円が算入されている。同時に社会福祉系統経費を同じく一般行政費(単独事業)のなかで2兆6,500億円に拡大し、前年に比較して10.0%あまり増加させているのも特色のひとつである。

 債務の返済としては、臨時財政特例債(公共事業にかかる国庫補助負担率の引き下げを補填するための地方債)の償還基金費として、1兆1,900億円が計上された。

1992年の経済と「総合経済対策」(第二次経済対策)

 バブル経済の破綻と共に、実態経済でも91年半ばから急速に後退が始まっていたことがわかる。景気動向を示す指標のうち、景気の動きとほぼ同時に動く一致系列を見てみよう。まず有効求人倍率は、90年9月から12月に1.45倍というピークを示し、91年夏までは1.4倍台を維持したが、年末には1.31倍まで下がった。92年にはいると1、2月に1.2台、3月以降は1.1倍台に下降した。そのあとも一本調子で低下した有効求人倍率は、10月には1988年の5月以来、4年半ぶりに1を割り込み、12月には0.93に、93年の3月には0.84倍に急降下したのである。

 鉱工業生産指数は、91年の4-7月期の107ないし108(97年=100)というピークから、同年末には104.2に低下し、92年5月に98.6、12月には96.1に下がった。その後もじりじりと落ち込んだ結果、93年末には94.0にまで降下することとなった。

 景気動向より遅れて動くとされる遅行系列では、実質法人企業設備投資は、91年の3月期から91年の12月から92年の2月期まで、1兆5千億円台で推移する。その後は92年9月期まで1兆4千億円台で推移するが、92年12月から93年2月期に1兆3千億円台に、そして次の6月期には1兆2千億台に低下し、93年9月期には1兆1千億台にまで収縮してしまう。

 政府は、この間、92年3月に公共事業の前倒し発注を中心とする「緊急経済対策」(第一次経済対策)を決めるが、その効果を見極める暇もなく、同年8月28日に「総合経済対策」を決定する。内容は公共事業の規模を8兆6千億円拡大することが主な柱であった。全体としては、10兆7,000億円で、GNPベースでも金額ベースでも過去最大というふれこみであった。

92年度補正予算と地方財政補正措置

 これを受けて10月31日には、国税の減収の補填策と合わせて、補正予算が閣議決定され、12月10日に成立した。歳入では税収を4兆8,730億円減額(法人税、利子課税、有価証券取引税など)する一方、国債を2兆2,506億円増発、91年度の剰余金1兆5,860億円、財政投融資の増加で財源を手当する。歳出では、第一に公共事業の追加1兆9,622億円、住宅都市整備公団補給金など1,569億円、給与改善費1,031億円などであった。

 この国の補正予算にともなって、次のような地方財政の補正措置が行われた。

 第一に、国税の減収にともなう地方交付税の扱いについて。国税の減額によって、92年度の地方交付税は1兆6,224億円の減となった。これは91年度の精算分542億円と、交付税特別会計の借入金1兆5,682億円で補填することとなった。つまり借入金によってほとんどを賄うこととされたのである。

 この借入金については、94年度から8年で償還するが、利子分は国の負担とされた。しかし、年度当初に国に貸し付けた8,500億円を返済してもらえば、このような借入をしないですんだものなのである。

 この結果、92年度末の交付税特別会計における借入金残高は、ふたたび急激な増勢に転じて、2兆1,859億円になったのである。

 第二は、一般公共事業の追加に伴う財政措置である。この追加に伴う地方負担の増加は1兆3,000億円と見込まれた。これについては、原則として地方債の増発によることとされ、その元利償還に必要な財源の80%は、後年度に地方交付税の基準財政需要額に算入する措置がとられた。いわゆる「補正予算債」方式といわれるものである。もちろん不交付団体は、なんの見返りもないまま、自らの負担で起債をしなければならない。

 第三は、地方税の減収の補填策である。かなり激しい景気後退をうけて、住民税法人税割、利子割などの減収が1兆円を超える見通しとなった。一方で、固定資産税、都市計画税などは、バブル期の地価高騰の影響で好調な伸びが見込まれ、かなり減収分を埋め合わせることも考えられたが、府県では法人関係税の落ち込みが大きい団体については、減収補填債でまかなうこととされた。

 第四には、地方単独事業の追加である。総合経済対策では、1兆8,000億円の地方単独事業の追加が打ち出された。これをひとつの契機に、バブル経済崩壊に対する景気対策に地方単独事業が本格的に動員されることとなる。

 内容は、臨時地方道整備事業4,500億円、臨時河川等整備事業300億円、臨時高等学校整備事業200億円、地域づくり、まちづくり推進事業4,500億円、一般廃棄物処理施設整備事業2,000億円、駐車場や電線類地中化等4,000億円、などである。

 これらの追加的単独事業の財源措置は、臨時三事業については起債充当率を100%としたうえで、その交付税の算入率を30%とした。その他は、通常の充当率と算入率とされたのである。

93年度予算と93年度補正予算

 93年度の予算は、特例公債をふたたび発行しないことを前提条件に、公債発行残高が増嵩しないような財政体質を確立するものとして編成されたが、予算案が審議されているうちに景気後退の深刻な状況が明らかになり、予算成立直後に急遽、補正予算(第一次)を組まざるを得なくなるという状態に陥ったのが特色のひとつである。

 政府はまず、93年度の経済見通しを名目で4.9%、実質で3.3%とした。これは結果的には希望的数字以上のものではなかった。実績は名目で0.8%、実質で0.2%にとどまったのであった。

 一般会計の予算の規模は72兆3,548億円。前年度当初予算に比較すると0.2%と横ばいの大きさであった。実質的にはマイナス予算である。これは、租税印紙収入が61兆3,030億円と前年度当初予算より1兆2,010億円、1.9%の減少と見込んだこと、公債金収入も11.7%増の8兆1,300億円に抑えたことに主な原因がある。

 また地方交付税の減額(国への貸付)を前年に引き続き4,000億円(実際には特例加算370億円を差し引いた3,630億円)行ったことなどが響いている。地方交付税は、前年度当初予算の15兆7,719億円から、1,545億円、1.0%の減の15兆6,174億円となったのであった。

 さらに国債費のうち、一般会計承継債務の償還の一部を延期する措置がとられ、公債費の伸びが抑えられたことも予算規模抑制に寄与している。いずれも負債の繰延であることには変わりがない。

 予算成立後、93年4月13日に、前年の「総合経済対策」を上回る「総合的経済対策の推進について」(第3次経済対策)が閣議決定され、規模13兆2,000億円の第3次の経済対策が実施されることとなった。その内容は、公共事業関係費3兆7,200億円、教育・研究・医療・社会福祉施設などに1兆1,500億円、地方単独事業2兆3,000億円、公共用地先行取得事業債1兆2,000億円、住宅金融公庫等1兆8,000億円などとなっている。

93年度地方財政対策と補正予算措置

 この年の地方財政対策の特色は、まず、特例減額が前年度に引き続き4,000億円行われたことである。実際には、地方交付税法付則第4条第4項で93年度に加算されることとなっている額3,294億円のうち、91年度の特例にかかる精算増分370億円を差し引いた額、3,630億円である。

 3,294億円のうち2,924億円は、法律の定めるところにより97年度以降に加算する。

 地方単独事業を拡大する。地方単独事業を12%、1兆7,800億円拡大して、総額16兆5,72億円とする。ふるさと農道、林道緊急整備事業が創設されている。

 ふるさと事業を拡充して、第二次ふるさとづくり(93〜95年度)とし、投資的事業を1兆円(経常経費は3,300億円でかわらず)とする。

 地域福祉基金を積み増す(4,000億円)。一般行政費の中の社会福祉系統費を9%、2,500億円増やし、2兆9,014億円としている。

 森林、山村対策のための経費として1,800億円が計上され、環境保全のために保全・活用すべき森林や公益的機能が高い森林の公有化の推進、担い手の育成などが事業として組み込まれた。

 環境保全のための経費が300億円増となるとともに、国際化推進対策費1,000億円、地域文化振興費500億円が創設されている。

 国庫補助負担金の合理化については、公共事業関係の補助率の恒久化が行われ、二分の一を原則とすることとなった。

 93年度第一次補正予算にともなう、地方単独事業の追加および公共事業の追加、公共用地先行取得の推進に要する経費、計2兆1,200億円については、地方債の増発で賄われることとなり、6月18日に地方債計画の改訂が行われた。

1993年度の経済と緊急経済対策(第4次)

 93年の夏から秋にかけて、日本経済はひとつのボトムを経験する。GDPは92年7-9月期にマイナス成長を記録した(名目△0.5%、実質△0.5%)が、それにつづいて93年12―94年2月期にもふたたびマイナスとなった(名目△0.4%、実質△0.5%)。これは二度にわたる最大規模の経済対策が、自力反転という形での経済再生に効果を発揮していないことが明確になったことでもあった。

 鉱工業生産指数は、93年10月に94.2となり、94年5月頃までこの水準で底を這う形となる。所定外労働時間指数(製造業)は、93年12月の81.9がボトムである。百貨店販売額は、93年中、対前年度比でマイナス5〜8%の状態が続き最悪の売り上げ減の時期を経験する。

 90年5月に45万台、8月に47万台を記録した乗用車の新車登録台数は、90年に40万台を切るようになり、92年には36-38万台に縮小。93年の5月から94年2月までは33-34万台に低迷する。

 この年は、6月18日に宮沢喜一内閣の不信任案が衆議院で可決され、総選挙となったが、自民党は大きく過半数割れとなり、8党による細川護煕内閣が8月9日に成立した。自民党一党支配から連合政権の時代に入ることとなった。

 細川内閣は、9月16日の経済対策閣僚会議で、「緊急経済対策」を決定した。規制緩和と円高対策を主眼としたものであったが、公共事業の追加1兆円、地方単独事業の追加5、000億円など、地方財政への影響は当然ともなう対策であった。この財源措置は、地方債の増発に主として依存するもので、4月のそれを踏襲することとされた。

93年度第二次補正予算と地方財政補正措置

 この緊急経済対策や冷害対策を実施するとともに、所得税、法人税の年度途中の大幅な減収に対応するために、11月30日に第二次の補正予算が閣議決定され、12月15日に成立した。

 緊急経済対策に関連しては、歳出面で、一般公共事業の追加3,000億円、施設費等の追加3,004億円、災害復旧事業費3,392億円の追加などで1兆335億円とされた。また定率繰入の停止で国債費を3兆487億円減額している。さらに国税の減収5兆2,560億円にともなって、地方交付税を1兆6,675億円減額している。

 この補正予算にともない、地方財政計画の補正が行われた。まず地方交付税の減額については、全額、交付税特別会計の借入で補填することとされた。元利償還は1995年度から2001年度までに行うが、利子分は全額国が負担する約束である。

 地方税も減収になると見込まれた。住民税法人税割、利子割、所得割の譲渡所得分、法人事業税、および利子割交付金など、合計1兆6,000億円程度が落ち込むことが確実であった。これらはおおむね減収補填債で補填することとされた。

 公共事業と災害復旧事業の追加にともなう地方負担の増5,000億円については、原則として地方債により、その元利償還金の80%までは後年度の基準財政需要額に算入するとともに、残余を単位費用に算入することとされた(いわゆる補正予算債方式)。

 地方単独事業5,000億円については、地方債の増発で措置することとなった。事業費補正については、1994年度に行うとした。

94年度予算と地方財政対策

 94年度予算は、例年より大きく遅れて94年3月4日に国会に提出された。このように遅れたのは、細川内閣が政治改革を優先させたこと、国民福祉税の提案とその撤回にからむ細川首相の辞任などがあったことなどの影響である。

 一般会計の予算規模は、78兆817億円で、前年度当初に比較して7,268億円、1.0%の伸びとなった。これは国債費と地方交付税の減によって、低い伸びとなったものだ。

 まず、所得税の減税が織り込まれた。94年度の所得税について、1年限りの措置として、定率による特別減税を行う。94年度の所得税の20%相当分である(200万円を超えるときは200万円を限度とする)。

 この結果、国税収入見込みは53兆6,650億円となり、前年度当初に比較して7兆6,380億円、12.5%の大幅な減となった。

 公債金収入は、建設国債10兆5,092億円のほか、所得税減税の税収減を埋めるために特例国債(赤字国債)を3兆1,388億円発行するとされた。これで合計13兆6,430億円となり、前年度当初に比して5兆5,130億円と高水準となった。特例公債依存から脱却してわずか4年で、もとの国債依存財政に舞い戻ってしまうこととなった。国債依存度は18.7%と当初予算としては1987年度以来の高さである。

 これを策定する前段、1994年度の地方財政対策がきめられた。

 まず国税の特別減税とならんで、個人住民税に1年間の限定付きで定率減税を、国の所得税の特別減税と合わせて行う。この住民税の特別減税にともなう地方税の減収1兆6,346億円については、地方財政法第5条の特例として減税補填債(つまり赤字地方債である)の発行を認める。

 所得税減税に伴う交付税の減1兆2,298億円については、交付税特別会計において借入を行い、交付税として配分する。

 所得税の特別減税の影響額は、合計で2兆8,641億円となった。

 普通乗用車の消費税率の特例措置の廃止によって生じる譲与税の減には、減収補填債で措置し、交付税の減については借入金で処理する。

 また地方財政の通常の収支が、2兆9,886億円不足することとなった。これも1990年度当初予算以来のことである。これに対しては、交付税特会による借入金1兆6,747億円、法付則第4条第3項に基づく一般会計からの繰り入れ1,760億円。剰余金の活用400億円、元金償還の94年度分を2000年以降に繰り延べて1,979億円となっている。

 また、財源対策債(建設地方債)を復活させて、地方自治体レベルで財源補填を行う仕組みを再度発動した分が9,000億円である。

 地方単独事業は、引き続き拡大され(地方財政計画では92年度11.5%増、93年度12.0%の増)て12.0%の対前年度の伸びを見込み、18兆5,665億円という高い水準に達した。

 これらの結果、出口ベースの地方交付税は前年度比0.4%増の、15兆5,020億円となった。なお地域福祉基金等は廃止された。

94年2月の総合経済対策(第5次)と第3次補正予算

 政府は、94年2月8日に総合経済対策を決定し、10日に閣議決定、2月15日に第3次補正予算を国会に上程、2月23日に成立した。総合対策の総額は、15兆2,500億円と史上最大と喧伝された。その主な内容は、以下のとおり。

(1)所得税と住民税の減税5兆4,800億円。
1年限りの特別減税として、所得税額の定率(20%)を減税するというもの。これは有効性に疑問のある短期の措置であった。

(2)法人特別税と普通乗用自動車にかかる消費税の特例の廃止。

(3)公共投資の拡大3兆5,900億円。そのうち7,800億円は公共用地の先行取得費。

(4)6,100億円の施設整備費。

(5)3,000億円の地方単独事業の追加について地方に要請。

(6)2兆2,800億円の公共用地の先行取得。

(7)地方公共団体に1兆5,000億円の土地の先行取得の要請。

 これらのうち直ぐに着手できるところを予算化した第3次補正予算は、公共事業の追加1兆5,000億円、施設費等4,200億円など歳出を2兆1,960億円とし、歳入では2兆1,820億円の国債を増発することとされた。

 これらにともなう地方財政補正措置として、第一に公共事業の追加に伴う地方財政負担は、地方債で賄い、その財政措置は、補正予算債と同じとする。地方単独事業の追加についても地方債の増発で行い、緊急経済対策のときと同じ扱いとする。このため、94年度の地方単独事業(対前年比12%増)と93年度補正予算とで、土砂降り的な単独事業の切れ目のない実施が強要されることとなった。

 いずれにしても、建設事業の際限のない拡大と地方債残高の膨張をもたらすことが懸念された。

 公共用地の積極的取得は、下落しつつある地価を支えることもひとつの狙いであったし、公共用地を確保して将来の開発に利用することが期待されてもいた。そのために市街化区域内用地で1,000u以上の団地については、利子負担軽減のために2%に相当する交付税措置を3年間講ずるなどの措置がとられた。このことが、後に先行取得用地の地価の大幅な下落に伴う資産価値の目減りと、売却の際の取得価額との差損問題として売るに売れない公共用地として問題化する。それはまたこのようにして塩漬けせざるをえない土地の利子負担の重荷が一般会計を圧迫するという問題にもなるのである。

 また、このような公債にのみ依存した財政政策の結果、93年度の地方債計画は第3次の補正を余儀なくされ、一般公共事業の追加分1兆3,609億円、および減収補填債1兆6,900億円の追加が行われている。

1994年度の経済と税制改革の動き

 景気基準日で言うと、平成景気の頂点は1991年11月である。それに先立つ谷は、1986年11月であったから、拡張期間は51ヶ月といざなぎ景気の57ヶ月に半年足りないが、戦後二番目の大型景気であったことは事実であるが、それを支えたのが株と土地に代表される資産インフレというバブルであったことは実証されている。(篠原三代平『長期不況のなぞをさぐる』勁草書房147頁など)

 そのピークののち鉱工業生産指数は、94年の半ばまで低下を続け、95年を100として93から95の水準に落ち込む。その後は、生産は回復し、97年4-6月期にひとつのピークを形作る。これは後に見るように、94年の総合経済対策や、95年中の三次にわたる経済対策がそれなりに効果を発揮したと見ることもできる。しかし、94年度中はなお景気の下降局面にあって、いつそれが底をつくか全く不透明な状況が続く。

 その中で、春の細川辞任に続く羽田政権(4月30日)を経て、自社さきがけ連合の村山政権が誕生する(94年6月30日)。

 これに先だって、93年9月に税制調査会などで個人所得税の減税と消費税の税率引き上げについて議論が進められ、同年11月19日に政府税制調査会からこれに沿った答申が行われている。これが94年2月3日未明の細川総理の国民福祉税の草案発表とその挫折につながり、94年度における本格的税制改革は実施不可能となったのである。94年度一年限りの特別減税で急場をしのいだのち、自社さ連合政権のもとで、国税と地方税制度の改正が行われ、11月25日に参議院を通過し、12月2日に公布された。その内容は以下のとおりであった。

(1)個人所得課税(所得税、住民税)の軽減(3.5兆円)
95年度から税率構造の見直しによる減税を行う。ブラケットの拡大による中間所得段階の負担を軽減する。消費税率の引き上げに伴い低所得階層の負担軽減のために課税最低限を引き上げる。

(2)95年度分の所得税・住民税の定率による特別減税(2兆円)。
96年度においても実施するが、景気が回復する場合には見直す。

(3)消費税率を3%から4%に引き上げる。地方消費税と合わせて5%。

(4)簡易課税制度の対象を4億円からから2億円に引き下げ、限界控除制度廃止。

(5)地方消費税の新設。府県税であり、市町村には同交付金として交付する。

95年度予算と地方財政対策

 村山内閣は94年の12月25日に、1995年度予算を閣議決定した。その規模は、70兆9,871億円となったが、これは前年度の当初に比べて、2兆945億円マイナスで3.0%の減であった。予算の説明としては、NTT資金の繰り上げ償還の減少や決算調整基金の繰り戻しの延期などによるとされたが、財政再建のための緊縮財政という要請に答えようとするものであったと考えることができる。一般歳出は、42兆1,417億円と、94年度に比べて1兆2,869億円、3.1%の増となっている。しかし、参議院選挙費用や国政調査、政党助成金などを除けば前年度を下回る伸びとなった。経常経費は2.6%の低い伸びで、投資部門は5%の伸びである。地方単独事業も、地方財政計画では同じく5%の伸びとされた。

 国債費は13兆2,213億円で前年度比1兆1,389億円の減だが、NTT債の償還が減少したほか、93年度補正、94年度に引き続き定率繰入を停止し(3兆2,457億円)、92年度の補正以来4年連続で一般会計承継債務(8,054億円、いわゆる隠れ借金で交付税特会に対する承継債務を含む)の償還を延期したためである。

 地方交付税は、法定の交付税率による額から93年度分の国税減の精算減5,797億円を減額し、これに地方財政対策として1,180億円を加算し、さらに特会借入金3兆3,399億円を加えた額から、特会借入金利子4,024億円を控除した16兆1,529億円である。これは前年度比6,509億円、4.2%の増加である。

 歳入のうち、租税及び印紙収入は53兆7,310億円と94年度と同水準に止めたが、これも実現は困難と見られていた。事実、後に判明する決算では、53兆3,783億円と4,000億円ほど不足することになる。93年度決算では税収が3年連続して減少し、2年連続して決算上の不足を生じていた。2年連続して、決算での不足となるのは、戦後初めてのことであった。決算不足は、結局94年度と95年度も続き、4年間続くこととなったのである。なお、95年度は、制度減税と特別減税の影響を入れた数字である。

 公債金収入は、建設公債9兆7,469億円、減税特例公債2兆8,511億円と、合計12兆5,980億円。公債依存度は17.7%に上昇した。

 95年度の地方財政対策は、次の通りである。所得税と住民税の減税に伴う地方財政への影響額は、2兆6,925億円と見込まれた。

(1)所得税の減収にともなう交付税の減収は1兆2,439億円。これについては、資金運用部からの借入金で補填する。

(2)住民税の減税による減収分1兆4,496億円については、減税補填債の発行でまかなう。

(3)通常収支の不足分である4兆2,752億円については、財源対策債を1兆5,600億円発行し、1,810億円の加算、償還の繰延4,192億円、特会借入金2兆970億円などで補填する。この結果、95年度の地方財政規模は82兆5,093億円で、前年度に比し、1兆5,812億円、2.0%の増加である。

94年度補正予算と地方財政補正措置

 村山内閣は94年の12月20日に第一次補正予算を決定した。租税印紙収入を2兆2,470億円減額し、公債を増発して、ガット・ウルグアイ・ラウンドの対策費などを盛り込んだものである

 地方交付税は7,190億円の減額となった。この減額は、すべて交付税特会の資金運用部からの借入金で賄われた。  さらに2月24日に、95年1月17日未明に発生した阪神・淡路大震災に対応するために、第二次補正予算が提案された。国税収入は、この震災の影響もあって6,020億円減収となり、公債金1兆5,900億円(建設公債7,749億円。特例公債8,106億円)を増発する。交付税の減1,772億円については国の負担で補填し、その他に特別交付税300億円を加算するとした。

1995年度の経済と経済対策および補正予算

 93年10月に底を打ったとされる景気は、ゆるやかな回復基調にあると見られていた(生産面ではなお下降局面であったのは前述のとおり)。公共投資と民間住宅投資が景気の下支えとなり、個人消費にも回復のきざしが見えてきたとされていた。しかし95年3月になって、急激かつ大幅な円高の波に襲われる。4月19日に79円75銭を記録する。このために、4月14日に「緊急円高・経済対策」を決定することとなった。同日には公定歩合の第八次引き下げが行われ、史上最低水準の1.0%となった。内需振興策としての補正予算(第一次)は、5月19日に成立している。

 しかし、その後も1ドル80円台の円高状態が続く中で、鉱工業生産の低下、企業の景況感の急激な悪化、株価の下落など、回復基調にブレーキがかかるという認識が広まった。

 このため、6月27日に、「緊急円高・経済対策の具体化・補強を図るための諸施策」を緊急経済閣僚懇談会において決定して、閣議報告をした。これは主として先の対策の実施を早め、実効性を高めるための施策であった。

 9月20日には、これに加えて「経済対策―景気回復を確実にするために」の決定が行われた。この背景として次のような指摘が行われている。

「わが国経済は、平成5年10月に景気の谷を迎えて以降、その景気回復スピードは過去の景気回復局面と比較しても極めて緩やかであり、依然、景気は足踏み状態が続く長引く中で、弱含みで推移した。特に、雇用面や中小企業分野では厳しい状態が続いた。
 それまでの累次の経済対策にかかわらず景気が十分に回復していない理由としては、資産価値の下落が家計及び一般企業の負債の負担感を高め、同時に、金融機関の不良債権の増大を招いたことに加え、内外価格差、生産性の部門間格差等の構造的問題の存在や、急激な円高があったことがあげられ、これらに対して適切な対策が求められた。
 4月以降、「緊急円高・経済対策」及びその具体化・補強策や公定歩合の第8次引き下げ、短期金融市場金利の低め誘導策、さらに9月8日には公定歩合の第9次引き下げ(1.0%から0.5%、史上最低水準の更新)が行われるなど、切れ目ない施策が実施された結果、足下の経済は依然厳しいものの、為替や株式市場に明るい兆候が見られるようになってきた」
(『平成8年度 地方財政詳解』554頁)。

 ここではまだ、バブル経済の後遺症としての資産価値の崩壊(特に株と地価において)が、わが国の経済に与える影響が、十分に深刻に捉えられていない。それが特に金融システムを根底からゆるがすものとして進行していることに、うすうす気が付いてはいる。しかし従来の施策で乗り切れるのではないかとまだ考えられている状態といってよかろう。一方で以前に有効であった施策が効かないのはなぜかについては、解答がえられていないのである。

 これは、バブルの後遺症のひとつとして、その当時に確保した余剰、貯蓄、基金等の取り崩しによって、経営的にはどうにか持ちこたえられていたためでもある。このことは地方自治体についてもあてはまる。法人関係税を中心とした税収の落ち込みは、特に大阪府や神奈川県、東京都など大都府県で明らかであったのだが、基金の取り崩しで当座は賄うことができ、過去の経験からは1,2年で景気が拡大するまで食いつなげると考えられていたのである。

 この9月20日の経済対策(平成不況のもとでの第8次の経済対策)には、次のような項目が挙げられている。

 第一に、思い切った内需拡大策として、@公共事業の拡大、A科学技術・情報通信の振興、教育・社会福祉施設等の整備、B土地の有効利用の推進、C地方単独事業の推進、D住宅投資の推進などが、掲げられた。さらに証券市場の活性化、金融機関の不良債権問題、などである。

 第一次補正予算は、歳出の追加として、阪神・淡路大震災対策として1兆4,293億円、緊急防災対策、科学技術・情報通信対策、円高対応中小企業対策などで、合計2兆7,638億円を計上した。財源は公債である。

 これにともない地方財政の補正が行われた。まず税制上の措置にともなって生ずる交付税の減収分337億円については、地方交付税法付則第3条の規定による加算措置として加算する。その分は97年度から2001年までの加算額から差し引く。

 一般公共事業の追加にともなう地方負担額9,800億円については、補正予算債方式による地方債の増発で賄う。これは、前にも触れたが、公共事業等の地方負担分に対して、充当率100%の地方債を認め、その元利償還金を基準財政需要額に算入する。今回の場合は、後年度に事業費補正によって、その80%を算入し、残金については単位費用により措置するとされた。

 地方単独事業の追加は2,000億円程度とされたが、地方債の充当率を100%にすることなどによって資金繰りをつけることとしている。

 補正予算(第二次)は、9月20日の経済対策の実施のために、10月4日に閣議決定された。歳出は5兆3,252億円追加され、その財源は公債である。

(1)公共事業の追加 2兆302億円
(2)教育・研究・社会福祉施設の整備 7,111億円
(3)土地有効利用特別対策 3,303億円
(4)阪神・淡路大震災対策 7,781億円
(5)ウルグアイ・ラウンド対策費 5,950億円
などが主な事項である。

 これにともなう地方財政補正措置は、公共事業の追加、単独事業(1兆円)の追加とも、緊急円高対策と同様に、補正予算債方式で行う。

 補正予算(第3次)は、12月20日に閣議決定されたが、主に所得税(源泉1兆1,060億円、申告6,720億円)と法人税9,020億円の減収を補填する予算で、租税及び印紙収入を2兆9,120億円減額し、交付税を9,132億円減額すると共に、特例公債を1兆9,060億円発行することで補填しようとするものであった。

 この交付税の減額の地方財政措置は、特会の借入金で全額を補填して交付税総額を確保することとなった。この借入金は2001年度から10年で償還するが、その利子については全額、国が負担する。なお地方税の減収については、減収補填債で賄う。

1996年度予算と地方財政対策

 96年度予算は、一般会計予算規模、75兆1,048億円となり、前年度に比較して4兆1,178億円、5.8%の増加となった。しかし一般歳出は対前年度比で2.4増にとどまった。内容は経常経費を抑制しながら、公共事業関係費は、4%増の9兆7,199億円。

 地方財政対策としては、制度減税の実施、特別減税の継続、さらには巨額の通常収支の不足があり、その補填措置が行われた。

(1)住民税の減税1兆6,425億円については、減税補填債を充てる。

(2)国税の減税による交付税の減収1兆2,320億円については、交付税特会の資金運用部からの借入金で補填する。

(3)94年度と95年度に引き続き、96年度も通常収支不足5兆7,533億円が生じる見込みとなり、地方交付税法第6条の3第2項の定めに該当する事態となった。このため、財源不足額のうち3兆7,233億円については、地方交付税を増額する。残りの2兆300億円は財源対策債(建設地方債)を格地方自治体において、充当してもらう。
 これにより、地方交付税は法定の交付税率では12兆8,866億円であるが、増額措置により、16兆8,410億円となった。これは当初予算比で、4.3%の増加である。

 この結果、地方財政計画は85兆2,848億円と対前年度比3.4%増となった。

96年度暫定予算と経済情勢、橋本内閣の発足

 この政府予算案は、96年1月22日に第136国会に上程されたが、いわゆる住専問題で予算の審議が遅れたため、暫定予算を組むこととなった。これは96年4月1日からの50日間の暫定予算として、3月26日に閣議決定し、ただちに国会に提出された。この内容は、人件費、事務費等の経常経費のほか、一般公共事業関係については96年度予算額の8分の1、過年発生災害については5分の2を計上している。なお本予算は、5月10日に参議院を通過し成立した。

 なおこの年の1月に、村山首相が辞任して、橋本内閣が成立した。10月20日に衆議院議員の総選挙が行われ、第二次橋本内閣が組まれている。

 1996年度の経済状況は、前年度に引き続き拡大基調を示した。景気一致指数では、鉱工業生産指数が、95年度を100として102から105で推移し、特に秋から年末にかけて上昇のテンポを速めた。1997年1月には108.8という水準となり、この年の10月までは105から108の水準で製造業の生産水準が維持されることとなった。また、同じく景気動向と一致して動くとされる有効求人倍率は、1995年10月の0.62からゆっくり上昇し、1996年4月に0.70となる。同年11月には0.74となり、この水準が97年の7月まで維持される。その後は急速に低下し、同年12月には0.65まで下がるのだが。

 自動車の新規登録台数も、1995年末の37万台が、96年の4月に38万台、7月39万台、そして11月には42万台にと拡大する。住宅についても、新設住宅着工面積が、96年の7月に14,005千平方メートルとひとつのピークを示す。

 これらは多かれ少なかれ、97年4月1日からの「抜本的税制改革」による消費税率の3%から5%(地方消費税1%を含む)への引き上げ前の、駆け込み需要という要因に影響されたものだと言ってよかろう。

税制改革と消費税率の引き上げ

 1994年の11に月決定された、税制改革は、第一に消費税率を4%(地方消費税1%と合わせて5%)に引き上げること、第二に、所得税の累進構造の緩和のため20%の税率のブラケットを拡大する、第三に課税所得の最低限の引き上げ(夫婦子二人:所得税327.7万円から353.9万円、個人住民税284.4万円から303.1万円)を行う。消費税については、簡易課税の上限を4億円から2億円に引き下げる、限界控除制度の廃止、仕入れ税額控除の要件としてインボイスの保存を求める、などの改正も合わせて行われた。この消費税率の引き上げが97年4月から実施されることとなっていたわけである。

96年度国の補正予算と地方財政補正措置

 1996年12月20日に閣議決定され、翌年97年1月31日に成立している。この補正予算は、比較的好調に拡大してきた経済活動を受けて、法人税と消費税が増収になる一方、バブル経済の収縮によって申告所得税の落ち込み、源泉所得税の伸び悩みのなかで、阪神淡路大震災の追加的復興事業、道路や空港などの緊急防災対策、ウルグアイ・ラウンド対策などを処理するために組まれたものである(『詳解』9年度、492〜496頁)。

 この補正予算によって、国税の増収に伴う地方交付税の追加などが行われた。この交付税の追加額は3,412億円だが、その内訳は、95年度の精算増の分が2,868億円、96年度の国税5税の増収分544億円となっている。ただし、追加的に地方団体に配分するのは481億円のみとし、残額の2,931億円については、翌年度の1997年度の交付税財源として、いわば繰り越すこととされた。

 このような補正増の一部を翌年度に繰り越す措置は、1974(昭和59)年度以来のことであった。これは、第一に年度途中で生じた追加的財政需要も、当初の地方財政計画に計上された追加財政需要額で対応できること、第二に、地方税の増収も1兆円程度が見込まれること、そして第三に来年度も確実に生じる地方財不足に対する手当てをすることいによって、借入金を少しでも減少させる必要があるためと説明されている(『同前書』497頁)。

 この補正予算によって追加される一般公共事業や災害復旧事業などの地方負担分は、全額地方債を充当し、その元利償還に要する経費は後年度に地方交付税の基準財政需要額に算入する。

財政構造改革の着手

 1996年12月19日、財政構造改革を進めるための目標として、「財政健全化目標」が閣議決定されている。

1、国及び地方の財政健全化目標

(1)平成17年度(2005年度)までのできるだけ早期に、国及び地方の財政赤字GDP比を3%以下とし、公的債務残高のGDP比が上昇しない財政体質を実現する。
(2)(1)の目標達成後、速やかに公的債務残高が累増しない財政体質を構築する。

2、国の一般会計の財政健全化目標

(1)財政健全化の第一歩として、早急に現世代の受益が負担を上回る状況を解消すべく、国債費を除く歳出を租税等の範囲内とする。
(2)平成17年度(2005年度)までのできるだけ早期に、特例公債依存から脱却するとともに、公債依存度の引き下げを図る。
(3)特例公債依存から脱却後、速やかに公債残高が累増しない財政体質を構築する。

 97年の1月21日には、元首相経験者らをメンバーとして、政府与党の財政構造改革会議が発足した。ここでは、いわゆるプライマリー・バランスを達成する(国債費を除く歳出を租税収入の範囲内に抑制する)ことを具体的な目標として、財政構造改革を進める論議が進められ、3月18日は、財政構造改革5原則が提示された。6月3日には財政構造改革会議で「財政構造改革の推進方策について」が決定され、ついで閣議で決定を見ている。

 さらに9月29日に「財政構造改革の推進に関する特別措置法」が国会に上程され、11月28日に成立した。

1997年度予算

 97年度の国の予算は、財政構造改革元年という位置付けを得て、次のような特徴をもったものとなった。公債の発行額は前年度に比較して4兆3,220億円マイナスの16兆7,070億円とする。所得税の特別減税は実施しない。国庫公務員の第9次定員削減計画の着実な実施。

 この結果、平成9年度(1997年度)の一般会計当初予算は、77兆3,900億円(前年度比2兆2,851億円、3.0%増)で、一般歳出は43兆8,067億円(前年度比6,658億円、1.5%増)となった。(前掲『詳解』34〜38頁参照)

 この予算の最大の特徴は、国債費以外の歳出を税収等公債以外の歳入で賄うこととなって、いわゆるプライマリー・バランスを、まがりなりにも達成できていることである。

1997年度地方財政対策  地方財政制度の「改革」

 97年度の地方財政対策は、平成6年度(1994年度)以来4年連続して、大幅な地方一般財源不足となった。特に前年度(96年度)と同様に、地方交付税法第6条の3第2項に基づく地方財政制度等の制度の改正によって、不足額を補填することが求められた。

 また消費税率の引き上げにかかる税制改革によって、(1)地方消費税が府県税として97年4月から導入される。(2)たばこ税など一部の府県税の市町村への税源移譲が行われる。(3)地方交付税の消費税の算入率の変更、などの大きな制度改正が行われた。

 地方財源不足は、通常分ではやや縮小はしたものの、4兆6,544億円という額にのぼる。これの補填策としては、(1)地方交付税の増額で2兆6,644億円。この内訳は、3,600億円が各種の国庫からの加算金で、残りは交付税特別会計の資金運用部からの借入金で補填することとされた。(2)財源対策債1兆9,900億円を合わせて増発する。地方消費税の未平年度化の影響額1兆2,000億円は、臨時税収補填債の発行で賄う。

 この結果、地方交付税の額は前年度当初比では1.7%増の、17兆1,276億円となった。

1997年度の経済情勢

 1997年の経済は、1月から3月にかけては、先にも見たように消費税税率引き上げ前の駆け込み需要が、自動車や住宅、さらには電気などの耐久消費財の分野を中心に相当の盛り上がりを見せたのである。その後、4月以降はその反動でこれら消費の冷え込みが見られた。ただ、少し細かく見ると、いったん落ち込んだ消費や生産は、夏以降に持ち直す気配も見えていたのがこの時期の特徴である。

 新車登録台数は、2月の42万5,830台から4月の33万3,218台にまで落ち込んだ後6月、7月、8月と35万台ベースを維持していることがわかる。そして9月には36万5,500台という水準に達する。その後は、もう一度12月に38万9,913台というピークを示すが、翌年にかけて下降線をたどることになる。

 有効求人倍率は、97年7月までは、4月の0.73以外は0.74という水準で推移していたのである。これが10月には0.69と0.7を割り、12月には0.65、98年3月には0.59と急速に悪化する。

参照:経済企画庁ホームページ:http://www.epa.go.jp/j-j/doc/stat-menu.html

 つまり、この年は、春先の駆け込み需要の小ブーム、その後の短期の落ち込み、夏から秋にかけての再度のゆるやかな盛り上がりののち、急速に景気が減速するという波乗りサーフィンのような景気動向であったといえる。

 この1997年の秋口から年末にかけての経済の収縮は、この時期に生じた北海道拓殖銀行の破綻や、山一證券の廃業といった金融機構、金融システムにたいする深刻な不安感、危機感の深まりとともに生じた。そして、各金融機関が、自らの資金ポジションを改善し、不良債権処理を先行させることによる、貸し渋りや資金の回収といった、クレジット・クランチが進行することによって、加速されることになる。

 この結果、税収は法人を中心に落ち込んでくることになった。

1997年度の補正予算と地方財政補正措置

 1997年度の補正予算は、97年12月20日に閣議決定され、98年1月12日に国会に上程、2月4日に成立している。また、前年には見送った特別減税を、アジア経済の急速な失調を背景にしながら、景気後退への歯止め策として実施することが決められている。

 まず税収では、1兆5,760億円の減額(税収の落ち込み見込と特別減税)を行う。これに公債金1兆7,510億円などと、剰余金によって収入を確保し、2兆7,082億円の歳出予算を組んでいる。

 これにともなう地方財政の補正措置としては、地方交付税の減収を補填する措置がとられた。すなわち、平成8年度(1996年度)の国税剰余金にかかる精算増額1,487億円と、平成9年度(1997年度)の国税の減収見込額(自然減収575億円、特別減税分3,133億円)3,708億円との見合いで、地方交付税は差し引き2,221億円の減となる。この分については、国の一般会計からの特例加算というかたちで、当初の交付税総額を確保することとなった。この加算額については、地方財政の運営に支障がないように、地方交付税法付則代4条の2第3項の規定によって、2001年度から2008年度までの各年度に加算する額から減額するという仕組みとすることとされた。この点については、次のようなコメントがある。

「経済の変動や政策減税等によって、地方交付税の所要額が不足する場合に、地方財政の運営に支障が生じることのないようその時点で所要の補填措置を講じることは国の責務であると考えられるが、その財源を国の負担にするか地方の負担とするか、具体的にどのような補填措置を講じるかは、その時々の国・地方の財政状況等を総合的に勘案した対応が行われてきている。
 その際には、昭和50年代前半(昭和52、53、56)における措置のように、政策減税による年度中途の国税の減税補正に伴う地方交付税の減収を全額国が負担した例や、精算増を除く部分を国が負担した昭和58年度の例もあるが、それ以降は、政策減税による地方交付税の不足を国が負担した例はない。
 これは、@昭和59年度の地方財政対策の見直しにおいて、原則として新たな借入金を廃止し、後年度の精算を伴う交付税の特例措置を講じることとしたこと、A地方財政は、国の財政と並ぶ公経済の両輪として、経済に大きな地位を占めていること、B政策減税による景気回復の効果は、地方税、地方交付税の増収となって地方財政にも及ぶものであること、等によるものと考えられている。
 例えば、当初予算における減税で影響も多額であった、平成6年度及び平成8年度の特別減税による影響(平E12,300億円、平G4,500億円)については、交付税特別会計借入金により対処し、平成6年度においては元利とも地方が、平成8年度においては元金は地方、利子は国が負担することとしている。また、政策減税による影響が比較的少額であった平成5年度補正(460億円)や、平成7年度補正(380億円)においては、地方交付税法付則第3条の規定に基づき一般会計からの加算により対処し、後年度に精算を行うこととしている。
 今回の補正における補填措置については、平成5年度補正や平成7年度補正と比べ、補填所要額が2,000億円余と多額にのぼっていたにもかかわらず、今回の特別減税の趣旨を踏まえて、国の一般会計からの加算により所要額を補填することとしたものであり、国も責任をもって相当の配慮を行ったものと考えてよいであろう。
(『平成10年度 改正地方財政詳解』539〜540頁)。

 なお、地方税の減収については、法人事業税、住民税法人税割、住民税利子割、不動産取得税については、減収補填債(地方財政法第5条に規定する事業に充当される地方債)によって補填するとされた。地方消費税および地方消費税交付金の減収に対する補填措置は、臨時減収補填債で補填する。

1998年度予算

 財政構造改革の集中改革期間(1998年度から2000年度の3年度間)の初年度である1998年度予算は、量的削減目標(キャップ)を設けて歳出の抑制を行った。社会保障経費は、その増加額を2,929億円、20.%増に抑え、公共事業関係費は7,539億円、7.8%減とした。この結果、一般歳出は5,705億円、1.3%の減となった。この予算は、財政構造改革の目標からいえば、及第点であったろう。しかし、このような緊縮予算がデフレ・スパイラルの淵に日本経済を追い込んだことも、結果から見れば事実である。わが国経済と、その担い手達のマインドに深く染み込んだ、財政への依存構造、特に公共事業型の景気刺激策への依存性は、ここに示されているともいえる。

 一方で、97年度末に急遽決まった97年度と98年度の特別減税については、98年度分として4,240億円の減、土地住宅税制の改正で7,520億円の減となり、他の税の増収に期待する綱渡りの歳入見積もりとなった。

1998年度の地方財政対策

 通常収支の不足額は、引き続き地方交付税法の定めによる制度改正を要する水準の、4兆6,500億円にのぼる。これは、財源対策債1兆8,900億円のほか、交付税特会借入金の元金償還繰り延べ6,500億円という措置、及び借入金1兆8,100億円による交付税の増額によって補填することとされた。

 この通常収支の不足が生じる大きな要因は、税収の減(景気後退と減税)にある。一方で歳出の増加要因は、景気対策としての公共事業と単独事業の拡大の要請がなお強く、また高齢社会対策など、まったなしの財政需要の拡大が進んでいるという事情がある。

 これに減税の影響額、7,600億円が加わり、地方財政の財源不足は拡大するすることとなった。

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