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雇用就労政策を自治体の基本政策に

      (初出:全国知事会『都道府県展望』20095月号)

 

                       奈良女子大学名誉教授  澤井 勝

 

1、             総合経済対策と新たな雇用・就労・労働施策

 

 今回の政府与党の15兆円規模の第三次総合経済対策と2009年度の補正予算案の狙いは、雇用失業対策を切れ目なく実施することであると思われる。他方民主党のほうも、財政出動規模20兆円の対案を示している。

政府与党の雇用失業対策は08年度の第二次補正予算では「ふるさと雇用再生特別交付金」2500億円と「緊急雇用創出事業交付金」1500億円があるがこの交付金事業は事実上、09年度予算の地方交付税の「地域雇用創出推進費」5千億円と平行して施行されることになろう。これらは、いずれも都道府県に基金として積み立てられ、あるいは交付税として配分され、3年間の事業として市町村やNPOなど民間事業者に配分されるから、都道府県も市町村も自らの事業として、予算化し執行することが求められる。その意味では「自治体の雇用・就労・労働政策」が特別に拡張していることとなる。ちなみに二つの交付金は京都府の例では計74億円といわれる。また、交付税である「地域雇用創出推進費」の配分額は、青森県で58億円、弘前市で54千万円と報道されている。いずれもこれを地域雇用施策として新規に使うとすれば相当の額をこなさなければならない。

 

2,日本版デュアルシステムの本格的実施

 

 これに加えて、報道によれば2009年度第一次補正予算案では、雇用保険給付が切れた失業者の職業訓練中の生活費を10万円程度支給する事業が入っている。民主党は恒常的制度として法定化することを主張したが、政府与党は基金事業という予算措置にとどめた。この事業は国の基金を通じたハローワークの事業となると伝えられるが、実際には都道府県の職業訓練校のコースの新設や受け入れ定員の拡充などが求められるにちがいない。

このように失業者に対して職業訓練中に生活費を支給する事業は、デュアル・システムとして欧米では普通に実施されている。今回、未曾有の経済危機に対する施策として、労働者のキャリアアップを目指す職業訓練と就労を結びつけた事業として本格的な導入につながる可能性がある。これまでは、文部科学省がモデル事業として、主に専門高校(専門教育を置く農業高校や工業高校等)で行い、また厚生労働省が独立行政法人・雇用能力開発機構を通じて行ってきた。これらを大規模に展開することになる。

 ちなみに無料で職業訓練を行う公共職業訓練校は、全国で288校あり、そのうち雇用・能力開発機構が74校である。この他に都道府県の公共職業訓練校は194校、市立が1校、障害者職業能力開発校が19校ある。この受講者数は離職者と転職者向けのものが19万人、

在職者向けが18万人、学卒者向けが2万人、合計39万人である(2006年実績)。これでは、失業者277万人(0812月)に対して、本格的にデュアルシステムを構築するにはかなり不足する。もちろん、民間企業に委託して、働きながら訓練するというジョブカードの仕組みも活用されるだろう。とはいいながら、訓練コースが受講生のニーズにマッチせず、新しいコースをつくる必要もあり、訓練校の量的、質的な拡充が都道府県の肩にかかってくるのは避けられない。むしろ今後のことを考えれば、臨時的な対応にとどまらず、地域の経済界の要望や地域資源などの実情をよく読んだ上で、積極的な職業訓練施策の再構築が望まれる。

 

3,明らかになった貧困大国日本

     高い相対的貧困率、非正規労働者の割合

 

 雇用施策が重要な自治体施策として急に浮上してきたのは、緊急経済対策という理由からだけではない。我が国では従来、不問に付されてきた「貧困問題」が社会問題として明らかになり、それに対する施策として、雇用・就労施策が浮上してきたからである。

第一には、2006年にOECDが「対日経済審査報告」において日本の「相対的貧困率」が15.3%に達し、OECD29カ国のうちメキシコやアメリカなどに次いで高い方から4番目だと指摘したことが大きな衝撃を与えたことがあげられる。

 相対的貧困率とは、手取りの世帯所得(収入から税や社会保険料を差し引き、年金やその他の社会保障給付を加えた額)の中央値(平均ではなく、上から数えても下から数えても真ん中になる値)の50%のラインを貧困基準として、それ以下を「貧困」と定義し、その全人口に対する比率を言う。

 2003年度の日本の場合、「一人当たり」の手取りの世帯所得の中央値は254万円であり、この50%は一人127万円である(詳しくは阿部綾『子どもの貧困』岩波新書、2008年、44頁以下)。この貧困線は、生活保護の基準とよく近似している。この世帯所得は、最近のほうが下がっていると思われる。したがって、現在の貧困線は、OECDの例にならって、中央値の60%とする方が合理的かもしれない。

 第二は、「非正規労働者」の全就労者に占める割合が急速に高まり、この貧困率の高さを押し上げていることや、ワーキングプアの存在が明らかになったことがある。総務省が0873日に公表した2007年の就業構造基本調査(速報)によると、パートやアルバイト、嘱託、派遣など非正規就業者の割合が35.5%と過去最高を更新した。全雇用労働者の3分の1以上が非正規労働者なのであり、20年前の倍以上の比率になっている。

これは先ほどの0ECD諸国と比較して非常に高い。全雇用労働者のうちパート労働者の割合は、NIRA(総合研究開発機構)の2006年の整理によれば、イギリスが23%、ドイツとカナダが20%、アメリカが13%、フランスが12%、イタリアが11%である。

この日本の非正規労働者のうち男性は就業者のうち19.9%、女性はその就業者のうち55.2%といずれも過去最高となった。前回調査の02年には前々回97年と比べて男性が5.2%増の16.3%、女性が8.9%増の52.9%と急上昇していた。この10年で急カーブで上昇したこともあって、この「非正規労働者」の急増にわれわれの認識がついて行けてなかったことがはっきりしたのである。

 第三には、20077月に北九州市の52歳の元タクシー運転手の男性が、生活保護を打ち切られて、日記の最後に「おにぎりを食べたい」と書き残して餓死状態で発見された。これをきっかけに、生活保護などセイフティーネッットの不備が指摘され、「貧困」が社会問題化したことが挙げられる。

 

4,雇用・労働政策がメインストリームに

          社会的包摂とワークフェア

 

 このような「貧困の顕在化」に伴い、その貧困からの脱出策として、それ以前から施策としては手探り状態だった「自立のための就労支援」が国や自治体の施策の表舞台に登場するようになった。それは「生活保護における自立支援」の主な施策としての「就労支援」に展開する。なお就労支援の政策的根拠として、社会保障制度審議会の「生活保護制度のあり方に関する専門委員会報告」(20041215日)があり、そこでは「就労支援」は「日常生活支援」と「社会生活支援」と並ぶ自立支援策の一環とされている。これは社会福祉サービス受給者や失業者、ニートなど若年の無業者などが陥っている「社会的排除」(ソーシャル・エクスクルージョン)状態をどう克服し、これらの人々をどう「社会的に包摂する」(ソーシャル・インクルージョン)ことができるか、その施策や如何、という問題提起でもあり、イギリスやフランスでは貧困対策の中心の考え方となっている。

 そして、雇用政策と福祉政策との統合の動きが国際的に明瞭になり、就労支援が各国の社会福祉改革のメインストリームとなってきている。「ウェルフェアからワークフェアへ」という流れである。

 このワークフェアという言葉や政策の発祥の地はアメリカで、代表的には1996年のクリントン政権の福祉改革施策として行われたものである。長期にわたる失業給付に期間的制限(最長5年など)を設け、その期間中に職業訓練を受けることを義務づけると共に、訓練を受けない場合には罰則として給付の制限や停止を行うなど、強制的に失業給付を減少させ、納税できる市民をつくろうとする政策であった。

この施策は、その後、EU諸国に波及する中でより積極的な社会保障施策の一つとして「就労支援」を位置づけるようになっている。最近では、このワークフェアを次のように定義づけられている。「なんらかの方法を通して、各種社会保障・社会福祉給付(失業給付や公的扶助あるいは障害給付、老齢給付、ひとり親手当など)を受ける人々の労働、社会参加を促進しようとする一連の施策」である(埋橋孝文『ワークフェア――排除から包摂へ?』法律文化社、2007年、18頁)。

 つまり、グローバル化がなお進む21世紀の世界では、福祉国家の限界を超えるために、各国とも社会福祉施策と雇用労働施策の統合が求められるようになっているといえる。

 

5,自治体雇用・就労施策の分権的展開の現在

             都道府県のうち36道府県が実施

 

 ところで、自治体、特に市町村には2000年の分権一括法による改革までは、雇用労働行政の権限がなかった、というのが一般的な理解であった。都道府県には労働行政の機関があったが、それは「地方事務官」という特殊な形態をとっていたため、都道府県に権限があるというより、職業安定所の所長や労働基準監督官という地方事務官に権限が来ていたのである。現在でも「うちには権限がありませんし、できることはかぎられていますから」という弁明を聞くことがあるが、それはこの状態の名残である。

しかし2000年の「改正雇用対策法」の第5条では新たに、「(地方公共団体の施策)第5条 地方公共団体は、国の施策と相まって、当該地域の実情に応じ、雇用に関する必要な施策を講ずるよう努めなければならない。」と定められた。つまり、地方公共団体はこの改正法によって包括的な「雇用に関する施策」を講ずるよう努力義務が課せられたのである。この地方公共団体とは、都道府県、市町村という普通地方公共団体、それに広域連合や一部事務組合などの特別地方公共団体を指す。

ついで、2003年には、規制改革の一環として職業安定法が改正され、無料職業紹介事業が地方公共団体にも解禁された。すなわち、「(地方公共団体の行う無料職業紹介事業)第33条の4 地方公共団体は、当該地方公共団体の区域内における福祉サービスの利用者の支援に関する施策、企業の立地の促進を図るための施策その他当該区域内の住民の福祉の増進、産業経済の発展等に資する施策に関する業務に付帯する業務として無料の職業紹介事業を行う必要があると認めるときは、厚生労働大臣に届け出て、当該無料の職業紹介事業を行うことができる。」と定められ、20043月から施行されている。

このような雇用・労働行政における分権改革と規制改革を受けて、20083月までに107団体がこの無料職業紹介事業を届け出ている。内訳は36道府県、43市、23町、3村、1組合で、前年度の88団体より19団体の増加となっている。届け出た事業所数は213事業所で前年度より24事業所増えている。(厚労省職業安定局需給調整事業課の発表資料)

 

6,母子家庭やひとり親、中高年離職者、刑務所出所者、UIターン

例として鳥取労働局のホームページから鳥取県内の地方公共団体の無料職業紹介事業所の状況を見ると、県の機関が12、鳥取市、及び米子市で計14事業所となっている(08年9月1日現在)。

事業所としての鳥取県福祉保健部はその事業内容として、「鳥取県内の母子家庭の母、寡婦、父子家庭の父、配偶者からの暴力被害者及び市部を除く被生活保護世帯の求職者に対する鳥取県内の求人企業等への職業紹介」としている。

鳥取県中部総合事務所県民局は、「概ね45歳以上の離職者、建設業離職者、刑務所出所者、ひとり親家庭の親、配偶者からの暴力被害者及び生活保護受給者等への職業紹介」としている。また鳥取県農業大学校は、農業大学校の在籍者への職業紹介を行っている。

鳥取市無料職業紹介所においては、次のような事業が掲げられている。「@鳥取市在住のひとり親家庭の父または母、母子支援施設の利用者に対する自立支援を受ける者に市内の企業等の雇用関係成立の斡旋、A鳥取市の工業団地に進出、移転した企業に対して市民及び鳥取市に就職を希望する者との雇用関係の斡旋、B鳥取市へのUIJターン希望者に対し市内の企業との雇用関係成立の斡旋」を行う。

 

,自治体の無料職業紹介事業の特徴

       総合行政主体として資源を動員する

 

ところで、地方公共団体が無料の職業紹介事業を行う際、最もよく聞かれる批判は、国の機関である労働局、特にハローワークの事業と競合して二重行政になるという点である。この点は、大阪府和泉市について、次のように指摘されている(大阪府総務部市町村課「行財政改革の取り組み」から)。

「ハローワークに代表されるように雇用政策の多くは国が担っている。そのため、市町村による職業紹介事業などは、二重行政の弊害を生むおそれがある。その中で、あえて市町村が職業紹介事業等に乗り出す意義はどこに求められるのであろうか。

和泉市では、『就労困難者』を就労支援事業の主たる対象とすることで、国の職業紹介事業・雇用一般の施策との重複を避け、地域の雇用・就労状況の改善に努めることとしている。一般の求職・求人関係では見られない、従来の雇用・就労施策では十分に捉えられていない要因にも配慮することが求められている住民に対して、和泉市は総合行政主体としての資源を動員することで、国の雇用政策や、従来の福祉政策では対処が困難な住民の就労に当たることとしている。」

この「総合行政主体として」個別の住民の自立支援を行うことができる、というのが地方公共団体の雇用・就労施策の第一のメリットである。また自治体が直接無料職業紹介事業を行うところに第二のメリットがある。すなわち、次のようなことが指摘される。

就労困難者への相談事業を皮切りに、就労への意識改革や技能習得などを重ね、きめ細やかな対応を進めている。「しかし、支援対象者が、いざ雇用市場に直面する段階では、ハローワークによる求職・求人紹介に頼らざるを得なかった。この過程で、支援対象者のモチベーションの低下や、習得技能や就労意欲を十分に伝えられないなどの問題点があった。ここにボトルネックがあった。」そこに職安法の改正があり、ただちに届け出をすることにより、「就労意識の醸成から雇用の成約にいたる一貫した就労支援の流れをつくることができるようになった」と指摘している。

 

8,雇用・就労施策を自治体の基本施策に

大阪市の「雇用施策推進プラン」

 

 冒頭に触れたように、国の雇用施策はここ3年ほどはそれなりの規模の経済対策の一環として、交付金や地方交付税の裏打ちをともなって、相当なボリュームで展開されることになる。しかしこれを、その場限りでの予算消化に終らせてはなるまい。われわれが心したいのは、この臨時の財源をもうまく使って、セイフティーネットの一つとして、自治体の雇用労働政策を構築する必要がある、ということである。そのためには、改めて雇用・就労政策を自治体の施策の中心に据えることが必要である。

すなわち、身近な政府としての自治体は、就労に困難がある住民の働き口を見つけ、あるいはつくり、企業や事業体とのマッチングの場を恒常的に確保することによって、住民の安全と安心を保障することが基本的な使命(ミッションで)であることを共通の理解としなければならない。

 そういった観点から、当該自治体の中期的・長期的な「総合的雇用政策プラン」を市民組織、経済団体、専門家の参加で策定することが必要である。このような中長期見通しとプランがあれば、短期的あるいは臨時的な国の仕事に振り回されずに、これら臨時的施策を中長期的施策の中に位置づけ、その一環として生かしていくことも可能になる。

その一例を大阪市の「雇用施策推進プラン」に見ることができる。大阪市は雇用対策改正にあわせて、2002年には雇用施策推進本部を設置し、20037月には2005年度までの「大阪市雇用施策推進プラン(基本計画)」を策定。前プランの終了にともない20062007年度を対象に「同プラン」の改定を行った。さらに、20085月に第三次の「雇用施策推進プラン」を策定した。この間に、2003年には改正職安法の施行に伴い、無料職業紹介事業者としての届け出を行い、市内4カ所に「仕事・情報広場」を開設している。特にこのプランでは、高齢者や障害者、ひとり親など就職にハンディがあり、支援が必要な人の状態を改善することに重点を移し、目的を明確化している。

2008年度の予定事業一覧では、市民局、健康福祉局、教育委員会、港湾局など各局ごとの119事業を提示している。このように雇用・就労施策を市の施策体系全体の中に位置づけ、市の基本施策の一つとして構築していくことが望まれる。

このように雇用政策を基本施策として明確にすることは、国連やOECD諸国が積極的に取り組んでいる世界的な貧困との闘いに、自治体として参加することを宣言することでもある。

(なお、大谷・澤井編著『自治体雇用・就労施策の新展開』公人社、ホームページ『地方財政情報館』も参照されたい。)

 

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