TOPPAGEまちづくり、地域活性化>夜間中学
夜間中学と共生社会
 
         (初出:『自治日報』「コラム自治」2006年6月10日号)

                              奈良女子大学名誉教授  
澤井勝

          
 奈良県大淀町の中央公民館を利用した「吉野自主夜間中学校」が昨年(05年)10月で、開設10周年を迎えた。96年に将来の公立化を展望しながら開かれたこの自主夜間中学校はこれまでに140名以上の生徒を受け入れ、そして送り出している。063月末現在の在籍生徒数は38名、スタッフ数は約20名。毎週月曜と金曜の午後6時から9時まで。年齢、国籍、性別、居住地に関わりなく、授業料などは無料。

 生徒の出身国では、中国が最も多く、ブラジル、ボリビア、ペルー、フィリピン、タイ、インドネシア、在日コリアン、日本と多様だ。日本語が不自由だが、日本語学校や公立の夜間中学にいけない人々や、義務教育からはじき出されて日本語が読めない書けない人々、計算が不自由な人たちの勉強の場であり、交流の場である。ここでは、先生と生徒というより互いに学びあう関係ができている、という。

スタッフはボランティアで、現役の教員や元教員、主婦、会社員、看護師、フリーター、学生とこれも様々。手作りの「うどん」などの補食や教材の費用はカンパなどで賄っているが、2001年から吉野東地区教育委員会協議会から年に10万円の助成金が出るようになった(10周年記念誌『清流』などから)。

このような自主夜間中学校は13校程度しかないというが、少しずつ増えているようだ。この63日、朝日放送系列のドキュメンタリー番組、「テレメンタリー」でも、一昨年開校した自主夜間中学の生徒たちを描いた、琉球朝日放送制作の「わが母校『夜間中学』」が放映されていた。なお、山田洋次監督の1993年のドラマ「学校」があり、05年には森康行監督のドキュメンタリー「こんばんは」ができ、現在各地で上映運動中である。

北九州市八幡西区の「青春学校」は、94年に北九州大学二部の学生だった在日二世の柳井美子さんを当時の北九州大学の先生と学生が支援して、ハルモニ(おばあさん)の識字学級として始まり、「チョンチュン・ハッキョ」と名づけられた。その現在をホームページで見ることができるが、10年目の04年からは穴生中学校自主夜間学級として月曜から金曜日まで拡大され、穴生市民センターと穴生小学校を使って開かれている。

一方で公立の夜間中学校は、現在、全国に35校。大阪11校、東京8校、神奈川6校、奈良3校、兵庫3校、広島2校、千葉1校、京都1校(20063月、第51回全国夜間中学校研究大会報告集)。中学校を修了していない人であれば年齢制限はない。奈良県橿原市立畝傍中学校夜間学級の場合、7学級(うち障害者学級3)に79人が在籍し、うち40人が中国からの帰国者とその家族。入学理由は、戦争・貧困・差別によって学習機会を奪われてきた人が60人、病弱や障害が5人、新渡日が13人、その他が1人(05年度学校要覧)。年齢は20歳〜30歳代36人、40歳〜50歳代が23人、60歳代以上20人と幅広い。

スタッフは校長以下17名だが、この夜間中学を担当した先生たちの間では、「夜間中学には教育の原点がある」という評価が高いという。

公立の夜間中学は、自主夜間中学が発展したものが多い。奈良県の三つ、奈良市の春日中学校、天理市の天理の夜間中学校、そして畝傍中学校はいずれもそうだ。特に最初に公立化した奈良市での取り組みは、当時、大阪市の天王寺中学夜間学級の教員だった岩井好子さんの「うどん学校」(盛書房、昭和52年)にくわしい。

差別や戦争による貧困や施策の誤り(障害者の就学免除など)で奪われた文字を取り戻す「識字学級」という取り組みを引き継ぎながら、(自主、公立)夜間中学は新しい生徒たちにも開かれてきた。経済のグローバル化が進む中で、地域に日本語に不自由な住民が確実に増えていく。この新たな住民の日本語教育をも柱の一つにしながら、勉強と交流の場を確保することは、地域での国籍や民族、宗教、年齢、障害のあるなしという多様性を認めた共生のあり方と教育の原点を示している。この夜間中学のような取り組みが、生徒たちの勉強する意欲とスタッフの汗、そして自治体の協力によって徐々に広がっていること、それはひとつの希望である。そこで結ばれた自立的で暖かいネットワークが広がっていくことは、これからの教育改革と地域のコミュニティ再生に向けた礎を築くことでもある。

Copyright© 2001-2006Masaru Sawai All Rights Reserved..