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小さな祭りとコミュニティ
     
                          
奈良女子大学名誉教授 澤井勝

(初出:『自治日報』、「コラム自治」2010910)

 

 この(2010)821日と22日の土日は町内の地蔵盆だった。本来は823日だが最近は土日にするところが多い。わが町内では準備は7月初めの組長会から始まった。昔からの住人や町内会役員の経験者に相談しながら当日のプログラムをつくり、同時に町内の子ども名簿をつくる。今年は64人と去年より8人も増えた。めでたい。景品の買い物、道路使用許可願い、提灯の注文取りと発注、倉庫機材の点検、竹筒を回して寄付金を集めるなど。やり方は町内によってかなり違う。これはあくまで一例だ。

 場所は旧家のガレージを例年のとおり借りる。当日はまず畳を敷いて会場の設営、祭壇の設置、テントや床几の設置など、町内のお手伝いを入れて20人ほどで作業する。町内の祠に鎮座するお地蔵さんを軽トラックでお迎えに行き、清めてお化粧をし、祭壇に迎える。ここのところ京都市内では壬生寺などからのレンタルのお地蔵さんも増えている。祭壇は紅白の幕で囲い、果物とスイカ、お餅を供え、お花を飾る。延命地蔵尊と子どもの名を書いた提灯を周囲に飾り、灯りを入れる。6時前から浴衣姿の子ども達が集まってくる。時間になるとお寺さんが見えてお経と数珠回し。特注のパンやジュースを配り、ビンゴゲームで盛り上がる。花火を配って1日目は終わる。この間に各組や個人、事業所からのジュースやビールなどのお供え、金一封などが届く。大人達はいろいろ情報交換。

日曜日の朝、おやつを配り、輪投げやスーパーボールすくいで遊び、合間にスイカを切る。11時過ぎに子どもの福引き。12時過ぎには大人の福引き。平行して後片付けに入る。

 暑さにめげず子ども達はよく集まり、遊ぶ。事前に配ったチケットをひもで首につるしたり手に握りしめて並ぶ。テントの下に設営した小型円形プールが大賑わいだ。輪投げの準備や福引きやお下がりの袋詰めを5.6年生が手伝う。

 ところで地蔵盆は関西を中心にした子どものための行事で、京都市を中心とする京都府、大阪府、奈良県、兵庫県、滋賀県、それに福井県嶺南にはあるようだ。名古屋にはない。もちろん東京にはない。九州でもみかけない(熊本には地蔵祭りがある)。

地蔵盆は、江戸時代中期に近畿の都市部で今のかたちになったようだ。大阪大学教授の森栗茂一さんによれば、江戸人である滝沢馬琴は珍しかったようで『覊旅漫録』に「722日より24日まで、京の町々では地蔵祭りがある。一町一組の家の主は年寄りの家に幕を張り、地蔵菩薩を安置し、いろいろの供え物を飾り、家の前には手摺りをつけ、仏像の前に通夜をして酒盛りをしながら、遊んでいる。生け花、花扇かけ、その他器物を集めて、種々の品を作って家ごとに飾っておく町内もある。一年の町内の取り決めもこの日にする」と記す(現代語訳は大阪の民俗学者の田野登さん)。1802(享和2)年のことである。

地蔵盆のないところでも正月の左義長(どんと焼き)が子どもの祭りとしては全国的に広くある。地蔵は町の境界を画す意味があり、どんとも賽の神(道祖神)の祭りだから似ている。もっともどんとは市街地化の進行で廃れつつあるようだ。町内会長として手伝ったこともある東京都府中市白糸台の大どんと(府中30景のひとつ)は地域の努力もあって幸いに健在らしい。

地方自治や地域福祉を考える基礎はコミュニティのあり方である。私も委員である四条畷市の「コミュニティのあり方検討会」でもあれこれ議論をしている。いままでの行政上のコミュニティ政策は地域の活性化や共同性の再生と言った面からは様々な課題がある。地域組織の衰退も言われるが、有効な施策を打ち出しにくい。このような政策の難しさの底には、「地蔵盆」のような昔からの地域の祭りとそれによる人々のまとまりを無視するか、過去の遺物視する近代化論や民主化論の狭さがあったと思う。現代のコミュニティ政策は、市民が支えてきた小さな祭りなどの地域の営みを包みこむものにしたい。そしてそこに息づく日本的な「寄付文化」の意味をもう一度考えたい。場合によっては小さな祭りを創造しても良い。商店街の祭りのように。それにNPOなど市民的ボランタリズムとソーシャルビジネスの経営感覚を統合する。行政のやるべきこととその限界を踏まえつつ。

 

 

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