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北九州市再訪
―――三層構造の地域政策の拠点作り

(初出:特別養護老人ホーム花嵐「地域福祉研究会報告書」
02年03月20日)

奈良女子大学 澤井勝

 今回の北九州市訪問は、奈良女子大学に職場が変わってから初めてだから、まる4年ぶりということになる。奈良に来る前は、4年半、北九州大学(現在は北九州市立大学に名前を変更)の法学部で「公共政策論」という科目を教えていた。これはいわば地方自治論だったわけだが、そのこともあって北九州市の福祉政策や地域の活性化政策には、それなりに目配りをしていた。特に北九州市は、高度経済成長期の中心産業であった八幡製鉄の鉄鋼業と化学産業、それに石炭の集散地としての、また国鉄の管理局所在地としての経済的なセンター機能を失い、いわば典型的な衰退する重化学工業都市としていわれていた。

 丁度そのころ、つまり1993年前後は、日本の社会福祉政策が変わりつつあった。具体的には、「市町村老人保健福祉計画」をつくること、それを実行に移すことが求められていた。北九州大学に赴任して、最初にしたことのひとつが、北九州市の高齢者福祉課を訪ねて、市の計画について聞くことだった。そのときの担当課長、永津美祐さんにはいまだにいろいろ教えてもらうことが多い。

 ところで、地域を知るためのひとつの付き合い方としては、町内会や自治会の役員を引き受けて、世話役活動に汗をかいてみるのが早い。そこでマンションの町内会の役員が回ってきたのを機会にむしろ積極的に引き受けたのだが、その活動で出会ったのが、校区社会福祉協議会であり、連合町内会であり、市民福祉センターだった。この長行(おさゆき)校区連合町内会をお手伝いすることによって、地域からの見方や感じ方、取り組み方の一部を知ることができた。

 これらの経験の経験の中で、今までと違う手ごたえを感じたのである。多分それは、北九州市がもつ「危機感」に裏打ちされた、地域政策への思いと、それを着実に進める荒削りだが実質的な取り組みに触れたからだろう。まず、高齢化率が政令指定都市の中でもっとも高いことと、その高齢者に対する政策を具体的にとるよう求める市民の強い意見があったことがある。そのような市民要望は、毎年の市政アンケートに一貫して示されていた。

 そこでは、町内会や民生委員、それにボランティア団体(婦人会や「北九州を良くする女性の会」といった市民団体)を活性化する試みが始まっていた。また、保健所と社会福祉事務所を、全国で初めて実質的にも統合するという、荒業も使われていた。この窓口の統合は、厚生省の担当者とのタイミングの良い連携プレーによって実現した。実は、北九州市は、厚生省や環境庁の実験都市としての性格も持っているのである。

 そのころからの北九州市の政策の特色は、第一に、政策の優先順位が市民と共有されていたことである。それは毎年のアンケート調査で、高齢社会対策が第一位、環境対策が第二位ということが明示されていたからである。それを市行政としても優先的に取り上げるという風土があったといえる。第二には、行政機構改革の視点が、今で言う利用者中心型だったところに特色がある。単なる財政的な合理化策によって、市役所がますます遠くなることを避け、利用者である市民が使いやすい役所への改革という視点が、それなりにあったといえる。第三には、同じことだが新しい政策を採択する基準が、いわば現場の意見を最大限尊重して、市民のための行政サービスの実現という点から発想されていたように思われる点である。

 これらの改革視点から、他の大都市ではまだ実現されていない、校区レベルの市民福祉センター、行政区ごとの保健福祉センターと保健福祉協議会、それに市の企画レベルという三層構造の地域福祉システムが形作られ、予算化されて来たのだと思われる。

 この小学校区ごとの市民福祉センターは、新設がかなりある本格的な鉄筋コンクリートであり、保健福祉センターは行政区ごとの保健と福祉、そして市民学習センターで、いずれも地域の拠点施設として、その運営の工夫も含めて注目に値する。おそらくこれからのひとつのモデル足りうると思われるのである。

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