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自治体の将来像を考える

(初出:自治日報コラム02年7月6日号)

 6月25日の地方各紙(京都新聞など)に、ひとつの気になる記事が載った。総務省の「地方自治の将来像研究会」の中間的な検討案として、人口1万人を最低法定人口としてそれに満たない町村は合併を強力にすすめるか、行財政の権限を制約する、という二つの案が示されているという。さらに3千人未満の町村は、基礎的自治体としての位置づけを外すこともありうるとする。つまり、合併しない、あるいはできない小規模町村については、普通地公共団体としての権能の一部を奪われるか、あるいは基礎的自治体ではない団体に位置付けられるという案である。

 もっともこのように小規模町村とそれ以外の市町村、さらに中核的都市に再編していくという考え方は、この間、いろいろ言われてきていることだ。第27次地方制度調査会専門小委員会でも、地方分権推進会議でも。また昨年6月の経済財政諮問会議の骨太方針でも次のように言う。「団体規模等に応じて仕事や責任を変える仕組み(例えば人口30万人以上の自治体にはより多くの仕事と責任を付与、小規模団体には仕事と責任を小さくし、都道府県が肩代わり等)について第27次地方制度調査会において検討」する。

 昨年11月、札幌で開催された日本自治学会の第一回学会の地方自治の展望をめぐる総括的なパネルディスカッションで、元内閣官房副長官の石原信雄氏が、市町村を一律に規定している地方自治法を改正することを提案していた(本紙でも紹介があった)。

 さらに、昨年の7月に出された全国町村会のアピール、『21世紀の日本にとって、農山村が、なぜ大切なのか――ゆるぎない国民的合意に向けて』でも、その末尾に次のような提言が置かれている(なおこの提言は都市の住民にこそ読んでもらいたい)。「いまも都市化の流れは強く、地方自治制度の運営は市の多様化と強化(政令指定都市・中核市・特例市と事務権限の移譲)に向かっています。しかし、農山村地域に所在する町村は、全国画一的な自治制度の下で多くの事務を義務づけられ、しかも自主財源が乏しく、国等からの移転財源が減少していく中で、ますます苦境に追い込まれる可能性があります。農山村の多面的な価値を守り、町村の持ち味が発揮できるような、事務と財政の新たな自立支援の仕組みが必要です。」

 このような市町村システムの再構成の議論はさけられないし、また積極的に論議を起こしていくべきだ、とも思う。しかし、その際に次のような共通認識も最低限必要だろう。

 第一には、固有の自治権に属するような権能を一片の法律によって奪うことは、憲法上の疑義が生じうる、という点である。東京都の特別区の区長公選制を廃止して選任制に改めた昭和27年自治法改正のようなことは、分権改革の趣旨に反し通用しがたいと思われる。

 第二には、このような根本的な改革は、町村長や議会のリーダーシップを前提にしながら、最終的な主権者である住民の意思に委ねるべきである、という点である。それが住民投票制度によるか、その他の制度によるかは議論の余地はある。しかし、アメリカでの多くの州でのホームルール自治体の設立のように、どのような仕事を担うか、その負担をどうするか、それを住民主権者自身が選択し、決定していくという原理、すなわち自己決定・自己責任の原則を明確にして議論されなければならない。

 第三には、農山村の再編に直結する町村の再編論は、都市住民との豊かな連携と共同の新しい関係、相互信頼関係の構築の上に議論されるべきである。最近、都市が損をしているというような政治家や経済学者、行政学者としての品性を疑いたくなるような議論があるが、そのような偏頗な議論では、国民的亀裂を深めることにしかならない。

 そして第四には、その都市と農山村の町村との連携、その相互交流と相互理解の土台は、森林と河川、そして海という自然系の恵への洞察の上に成り立つという点である。

 また、第五には、地域での生活を基礎的に支えるのは、高齢者や障害者の福祉コミュニティであり、また地域活性化のための経済・産業政策パワーだという点である。

 なお、これからの町村自治のあり方を考えるためにも、(社)徳島県地方自治研究所のブックレット『どうする故郷 市町村合併と地域自治充実の関門』大森彌・大和田健太郎、は必読である(電話は088−655−8164)。

(奈良女子大学 澤井勝)

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