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福祉国家の変容と地域自治組織の展望
      −−分権型・分散型都市像を求めて

(初出:自治総研『地方財政レポート2004』04年9月刊予定、草稿)


目次
1、新合併特例法と地方自治法の改正
(1)成立した合併特例法など
(2)地域自治区の制度化の意味
2、21世紀初頭の自治体改革の背景と動因
(1)中央集権型政府への信頼の低下
   「福祉国家」再生のための「地方分権」
(2)産業主義の限界
(3)民主主義の復権、ルネッサンス
3、近隣自治組織、地域自治組織の考え方
(1)自治省の「コミュニティ政策」とその限界
(2)都市センター報告書から
(3)コミュニティ型組織とアソシエーション型組織
4、地域自治組織と行政の協働を通じて分権型分散型都市をつくる
(1)住民、市民の力を付ける
(2)企業文化を変える
(3)行政を変える
5、京都府美山町を訪ねて(既出)

1,新合併特例法と地方自治法の改正

(1)成立した合併特例法など

 2004年5月19日の参議院本会議で、現行の合併特例が05年3月に期限が来ることを受けて、その後の市町村合併を推進するための、いわゆる合併特例法関連の3法が可決され成立した。第27次地方制度調査会の答申(03年11月13日の総会で決定)の内容を基礎にしたものだが、法案策定過程で自民党地方行政部会による修正が加えられている。この答申では、特に今後の市町村合併推進の基準として、人口基準を法律に盛り込むかどうかが争点のひとつとなった。結局、この人口基準、具体的には人口1万人という基準は法律には書き込まず、大臣の基本指針とそれに基づく都道府県の合併構想に盛り込むという形をとることになった。

成立した法律は、第一に、「市町村の合併の特例等に関する法律」である。内容は、@合併特例区の創設で、関係市町村の協議によって旧市町村単位で、法人格を有する区(合併特例区)を一定期間(原案は10年間だったが自民党の修正で5年間に)設置できる、とした。区長と合併特例区協議会を置くが、公選としない。課税権や起債権はない。住居の表示にはその名称を冠することが出来る。(自治法による「地域自治区」との相違に注意)

A地方税の不均一課税、議員の在任特例は存置する。3万人市の特例と合併特例債は廃止する。地方交付税の合併算定替えは現行の特例期間10年(激変緩和5年)を段階的に5年(激変緩和5年)に短縮する。

B総務大臣が市町村合併の推進に関する基本指針を策定。都道府県は基本指針に基づき、市町村合併推進協議会の意見を聴いて、市町村の合併の推進に関する構想を策定する。都道府県知事は構想に基づき、申請によって市町村合併調整委員を任命し、あっせん、調停を行わせることができる。知事は合併協議会設置の勧告を行うことが出来る。勧告を受けた市町村長は、合併協議会設置の協議を議会に付議する。議会が否決した場合には、住民の6分の1以上の有権者の署名により、住民投票を請求できる。又は市町村長が住民投票に付することができる。この法律は2005年4月1日から5年間の限時法とされた。

成立した法律の第二は、「市町村の合併の特例に関する法律の一部を改正する法律」で、@合併特例区は、現行合併特例法においても規定する。A2005年3月31日までに市町村が議会の議決を経て都道府県知事に合併の申請を行い、2006年3月31日までに合併したものについては、現行の合併特例法の規定(合併特例債、3万人市特例等)を適用する。一部事務組合等の手続きの簡素化等の特例措置を講ずる。

そして第三の法律は、「地方自治法の一部を改正する法律」である。この自治法改正では、第一に、「住民自治の強化等を推進する観点から市町村内の一定の区域を単位とする『地域自治区』を市町村の判断により設置することができる」(法案説明)とされた。地方自治法の第7章、「執行機関」の章に第202条の4から202条の9までの6か条が置かれた。この「地域自治区」は、「市町村長の権限に属する事務を分掌させ、および地域住民の意見を反映させつつこれを処理するため、条例で、その区域を分けて定める区域ごとに設けることができる、」とされた。法人格を有しない。地域協議会を設置できる。その構成員は(任期は4年以内で条例で定める期間)市町村長が選任する。地域協議会は地域の意見をとりまとめて行政に反映させる。区の事務所を設置し、市町村の事務を分掌させる。合併に際して旧市町村単位で設けられる地域自治区には、区長を置くことができる、としている。

自治法改正の第二は、都道府県の自主的合併の手続きの規定の整備である。第三は、収入役を置かないで、市町村長等に兼務させることができる範囲を、人口10万人未満の都市まで拡大する。第四は、議会の定例会の招集回数を4回という現行制度を自由化した。第五に、支出命令の簡素化と長期継続契約の範囲をOA機器のリースなどに拡大した。

(2)「地域自治区」の制度化の意味

この一連の改正で、今後の自治制度のあり方として特に重要なのは、「地域自治区」の創設である。この「地域自治区」は、市町村内分権を展望した「地域自治組織」、「近隣自治制度」の創設とその制度化、すなわち法律に根拠をもった「自治区」制度の創設とも言えるからである。

このような市町村内の分権化の動きは、政令指定都市における行政区への分権化の議論とも連動してきている。この政令指定都市における行政区への分権化の動きは、この2,3年急速に具体化しつつある。横浜市、神戸市、福岡市そして京都市などで進んでいる、予算要求権の一部の付与や区長権限の強化、地域振興予算などの渡しきり財源の拡充、などがそれである。

 また、この間の合併をめぐる議論の中から、従来の「集権型・集中型」合併、あるいは「集権型・集中型」都市の批判を通じて、「分権型・分散型」合併、「分権型・分散型」都市という、新しい都市像の提起があり、かなり浸透してきているようである。例えば、大森弥「分権型分散型基礎自治体の出現」(自治日報04年3月5日号、コラム自治)、や澤井、新川、木谷など『自治体改革第二ステージ――合併新市建設計画のつくり方』(ぎょううせい)。さらに三重県伊賀市(上野市や青山町)や、後述の新市などで実際に「分権型分散型」都市がかたちをとりつつある。

 このことは、合併を推進するための妥協形態として考えられたことでもあるが、一方で、今までの合併によって形成されてきた集権型都市(基礎的自治体)のもつ歪みに対する反省がこめられていることも事実である。

 この「地域自治区」を自治法に盛り込むこととなった背景としては、02年秋のいわゆる「西尾私案」に見られた「小規模町村」の権限を制限し、基礎的自治体としての権能を縮小する提案に対する強い批判、特に全国町村会などからの反発があったと思われる。そのために、地方制度調査会の議論でも「小さな自治」の重要性を強調することとなり、「地域自治区」という形で法制度化が行われることとなった。この流れの中では「地域自治組織」の議論は市町村合併を推進するための方便という側面を強く持っていることは否めない。

 事実、法的な規定としては「地域自治区」はそれほど使いやすそうでもない。また、その具体的内容は、それぞれの市町村で詰めていくべきもので、法律の規定にあれがない、これがないという批判は、しないほうがよい。法は「地域自治区」をつくる「権原」を市町村に付与すれば足りるのであって、その内容や形態は、それぞれの沿革や地域での住民組織、政治意識のあり方によって工夫していくのが筋というものであろう。

 例えば「住所に旧町村の名称を冠することが出来る」などという規定は、不要である。住民基本台帳法の定め自身が、「自治事務」であるのだから、必要と判断すれば、そして全国的な流通性などを配慮した上であれば、どのように旧町村の地名を扱うかは、基礎的自治体の判断すべき事柄なのである。

 いずれにしても、このような自治法上の「地域自治区」が、「自治体内分権」の組織形態として法的根拠を持つようになったこと、それが、「住民自治の強化」という観点から位置づけられていることが重要なのである。このような「地域自治区」が、政府の議論や国会の議論を通じて、また広範なジャーナリズムの(暗黙の)支持を受けて制度化されたのは、それを必要とする、社会的な根拠があり、歴史的の流れに沿うものであったからであると考えられる。それは広範な国民や市民の意識の活性化に支えられていると考えることもできるのである。(市町村合併推進という政界の流れに乗りながらであれ)。

2,21世紀初頭の分権型自治体改革の背景と動因

 地域自治組織は実は、既に必要に迫られて実践的に各地域で形成されてきている。京都市上京区の「春日学区」は1973年頃から活動と組織化が始まっているが、今の形は1995年の春日小学校の廃校から生まれてきている。また後で詳しく検討する京都府美山町の「地域振興会」はこの10年ほど、特に農協の合併による店舗閉鎖をひとつの契機としての動きである。また宝塚市の「まちづくり協議会」も1993年のコミュニティ課設置から始まっているが、その中の中山台コミュニティが評議委員会という議決機関と運営委員会という執行機関をもった自治組織に発展したのは98年のことだという。このように古い集落や自治会・町内会の「自治」があったところに、テーマ型の市民組織をも巻き込んだ、それぞれの特色をもった新しい「地域自治組織」が生まれてきた、あるいは形成されてきたのは、おそらく90年代、それも90年代半ば以降ではないだろうか。

 それに、合併にともなって分権型分散型都市を選択した東近江市(八日市市、永源寺町、五個荘町、愛東町、湖東町)や京丹後市(峰山町、網野町、丹後町、久美浜町、弥栄町、大宮町)、それに新浜田市(浜田市、金城町、旭町、弥栄村、三隅町)、新伊賀市(上野市、青山町、阿山町、伊賀町、島ヶ原村、大山田村)など少なからぬモデルが生まれてきている。

 このような地域自治組織の形成がひとつの流れとして生まれてきている大きな背景として次のようなことがあるのではないか。

(1)中央集権型政府の信頼の低下。18世紀のフランス革命とその後の諸国民戦争を経て19世紀の初めにヨーロッパで成立した国民国家は、官僚制的支配の拡大と深化をともないながら、2度の世界大戦を経て、国民全体を動員する行政国家に成長した。このウオー・ステイトは第二次大戦後、ウェルフェア・ステイト、すなわち「福祉国家」として国民を再統合することに成功する。「福祉国家」は、失業保険、年金、医療保険という社会保障制度すなわち「セイフティー・ネット」を整備することによって、1950年ごろイギリスで成立したと考えられる。これを準備したのが、1943年にドイツ軍の空爆下のロンドンで議論され、策定された「ベバレッジ報告」である。この後、1960年代にかけてフランスやオランダそしてスエーデンやデンマーク、ノルウェーそして西ドイツなどで後に三つの類型に分類される福祉国家が成立してくる(エスピン・アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』)。

 この「福祉国家」は、しかし、1980年代後半に「危機」に瀕することになる。その理由は第一に、財政危機である。この財政危機は、端的には、増大する「公共サービス需要」に対して、租税収入が追いつかないところに現れた。つまり、累進的所得税制や大衆課税的な付加価値税で構成された歳入構造が、年金や失業保険、それにケインジアン的な政府サービスの拡大による有効需要創出政策という歳出構造の拡大に追いつかなくなったからである。このため以前に約束した公共サービスを切り下げたり、抑制したりするというかたちで政府の役割を縮小せざるを得なくなった。

この政府機能の縮小という傾向は、1990年代初頭の冷戦構造の終焉、社会主義経済圏の資本主義市場への全面的な包摂によって、特に21世紀に入って「小さな政府論」を要とする市場主義経済の優越の中で、行政改革の主な手法としての民営化(プライバタイゼイション)や市場化(そのかたちのひとつとしてのNPM)の拡大と深化として進行している。

 このことは経済のグローバリゼイションをもたらしたが、この経済のグローバル化に国民的な制約を負う集権的な官僚システム(集権的な行政システム)が対応できなくなったという意味での危機が、「福祉国家」の第二の危機である。国境を越えて動き回る世界企業の活動を一国の政府がコントロールできず、信頼度を低下させてきた。さらに、国際金融の流れが1985年のプラザ合意以降に本格的に自由化され、金融市場の間を自由に行き来する投機資金に翻弄されることがしばしば生じるようになった。(中邨章『自治体主権のシナリオ――ガバナンス・NPM・市民社会』芦書房、参照)

 そして、情報の国際化でありグローバル化がある。インターネットが企業社会と市民社会でごく普通の情報ツール、道具として使われるようになったのは90年代、それもその後半に入ってからである。このことは、縦の情報管理をその生存条件としてきた中央集権型政府に大きな試練課すこととなっている。ちなみにインターネットの普及率は、携帯電話からの利用を含めて、2003年の通信白書に拠れば日本でも7000万人、人口の6割を超えている。

 このことがガバメントからガバナンスへの動きを生み出した。1988年に雑誌『ガバナンス』がアメリカで発行されて以来、ほぼ10年でこの言葉が世界的に定着してきたのも、同じような原因によると考えて良い。

そして、このような中央主権システムの限界が明らかになることによって地方分権の道も開かれてきた。

 ヨーロッパ地方自治憲章(1985年)は、補完性の原理(サブシディアィリィー)を明らかにしたものであるが、ヨーロッパ社会の基準すなわちスタンダードとなっている憲章だといってよい。このような地方自治憲章が生まれたのも、地方自治の重要性が、一方のEUへの統合や連合という論議と並んで認識されていることを証明している。というより、ヨーロッパを国民国家を超えた「トランス・ナショナリズム」によって統合しようとするとき、地域の自立性を保障するこの「自治憲章」があって初めて、冷静で有効な議論、討論が可能になる、ということでもあろう。このことは我が国の市町村合併の論議が、比較的積極的にまちづくりの議論として出来るのは、各地域の自立性の保障を前提とした「分権的分散的合併」という合意がある場合が多いことと似ている。少なくもその可能性を持っている場合と同じような心理的機制が、両者に働いているように思われる。

「福祉国家」再生のための「地方分権」

 ただし、ヨーロッパ諸国の地方分権は、「福祉国家」の意義、すなわち国家の存在意義を革新し、中央集権的政府の限界を克服して、市民の信託に応えようと言う「福祉国家」再生ための営みの中で生まれてきたことに注目する必要がある。

例えばイギリスにおいて福祉国家の変容は、福祉政策を現金給付中心型のそれからコミュニティ・ケアへ転換させ、ボランタリーセクターを再生させようとしたシーボーム委員会など19080年代からの福祉改革に見られる。このことは基礎的自治体であるディストリクトの再編成と規模拡大という政策、すなわち地方分権に結びついている。

また、ドイツやスエーデン、デンマークにおける基礎的自治体の規模拡大と分権も、福祉と医療のサービスをより効率的に準備し、供給するために進められたといえる。これも「福祉国家」の再生であり、「福祉国家」から「福祉社会」への転換の中で、生まれた地方分権であることが重要である。

 すなわちイギリスや北欧諸国の地方分権は、福祉政策の転換、特にコミュニティケアや在宅サービスの充実のために、分権型に国家構造を変えるというところに特徴がある。それは国家構造を変えることを自己目的とした分権ではなく、福祉国家をより人々に使いやすくするための改革だというところに特色がある。市民のどのような利益を実現するためにどこに分権するか、という分権の目的が明確なのである。これは、ロック以来の「社会契約としての国家形成」と「人民主権と抵抗権」を前提とした「近代国家」という国家像の現代的な表現ということもできる。

(2)ふたつめは、産業主義の限界という問題である。1930年代に開かれた大量生産・大量消費への道(フォーディズム)は、早くも1960年代には警告が発せられた。直接的には公害の拡大と資源の枯渇である。ローマクラブの『成長の限界』が報告されたのが1971年であり、その前、1962年にはレイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版されている。またシューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』は1973年に原著が発行されている。

 そして温暖化ガスによる地球温暖化の危機が広く認識されるようになり、1987年にはブルントラント委員会「われら共有の未来」が「サステイナブル・ディブロップメント」の考えかたを提示することとなった。そして1997年には「京都議定書」が結ばれた。

 また、食品添加物や化学物質汚染による生命の鎖の危機という認識も広がり、地産地消の運動やトレーサビリティー(製品の履歴を追跡できる仕組み、生産者と加工の過程を明らかにし、消費者の権利を守る)の確保という施策と結びつくようになっている。

 このようにして、生産と消費についても小規模な流通と交換を管理する、小規模な自治的な回路を求める運動が各地で展開されるようになった。これが地域活性化やまちづくりの取り組みと並んで地域自治の意識を育ててきた。ミヒャエル・エンデなどによる「エコマネー」の提案が、一定の広がりをもって受け入れられているのも同じ根拠を持っているといえよう。

(3)もう一つは、民主主義の復権、あるいはルネッサンスという動因である。ハーバーマス『公共性の構造転換』で指摘されているように、イギリスやフランスの市民革命を基礎づけた『市民的公共性』は、20世紀20年代以降の行政国家の成立と、マスメディアの発達とによって「操作される大衆」、あるいはマス・ソサイエティーと呼ばれるなかで一度解体し、デーヴィット・リースマン『孤独なる群衆』(1950年)に描かれたアパシーの中にある大衆という状況に置かれる。これが「公共性の構造転換」であり、ハーバーマス流に言えば「生活世界の植民地化」である。

このような状況は、1960年代末から1970年代の「新しい社会運動」(アラン・トウレーヌ)などの登場を通じて「新しい公共圏」の構築として、さらに1990年の冷戦終結後は「討議民主主義」(篠原一『市民の政治学』岩波新書)の構築として進行していると読むこともできる。また、東欧の社会主義政権の崩壊過程における広範な民衆の運動も同じ要素から生まれている。それらの根底にあるのは、失われ奪われてきた、「平等に自由を享受する」、そういう人々の解放への欲求であった。また、自分たちの生活の決定権を自らの下に回復したいとする根源的な欲求、そして自らを表現し、実現する欲求の解放であった。

 つまり、自由と平等を実現するために革命的民主主義を論じ、そのための政府の条件を明らかにしたジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(1762年)の意味が改めて問い直されている。1960年代後半以降のアメリカ公民権運動や「新しい社会運動」における非暴力直接行動、我が国での吉野川河口堰や原子力発電所建設を巡って現れた、硬直化し、空洞化した(世襲化した)代議制民主主義の代わりに、住民投票など直接民主主義的な仕組みを活用する例が徐々に拡大しているところにも現れている。

これはまた代議制民主主義の活性化につながるように、政党と、活動家すなわち「良識ある民衆」との、さらに具体的に言えばNPOやNGOとの、新しい「協議し、討論し、協働する関係」を生み出しつつある。

ただしそのことは、決して18世紀にそのまま舞い戻ることにはならない。18世紀の民主主義は、いわば「家長の民主主義」であった(おそらくJ.S.ミルを除けば。またジョン・ロックも『市民政府論』(『政府2論後編』、1690年)の第6章「父権について」で次のように述べている。「しかし古い名称が人を誤解に導くおそれのある場合には、ちょうどこの父権がおそらくそうなのだが、新しい名称を用いることは不当ではあるまい。この言葉は、両親の子どもに対する権力を全く父親にのみ与えて、あたかも母親はなんの分け前も与えられなかったように思わせる。しかし、理性または啓示に問うてみるならば、母親もまた平等の権原をもつことがわかるであろう。それ故に、これを親権と呼ぶ方が、もっと適当ではなかろうか。『市民政府論』岩波文庫、56頁)。それはマルクスの場合であっても変わらない。女性が本来の主体として近代の歴史に再び登場するのは、多くの先進国でも第一次大戦後、1920年前後の参政権付与からであるが、しかしなお主婦の位置からさほど離れるものではなかった。女性が男性と並ぶ主体として明確に定立されるのは、「新しい社会運動」の一翼を担うフェミニズム運動の登場によってであり、そのような運動などによってようやく「男女共同参画」社会への道が開かれたといえる。イバン・イリイチの「ジェンダー論」(1984年)や「シャドウ・ワーク」(1982年)もまた大きな流れをつくった。

また障害者やエスニシティーなどマイノリティーが共生できる社会として、民主主義社会を構想することが出来るようになったのは、1970年代以降のことである。具体的な政策としては、国連の「障害者の10年」などのキャンペーンであり、それを支えた「当事者運動」であった。我が国の場合でも、市町村合併の賛否を問う住民投票条例で、永住外国人を投票権者とすることを、滋賀県米原町が最初に条例化した(2002年1月)が、その後の住民投票では高浜市などでも同様の扱いとなり、全国的に定着しているといえる。

このような共生社会としての「新しい民主主義社会」の構築、「新しい公共空間」の構築と言う根本的な課題は、ハーバーマスが『公共性の構造転換』の執筆時に見落としていたものだと、ハーバーマス自身が語っている。「おそらくは60年代のある時期に大きく社会が変わった」(フレディック・ジェイムソン、岩波現代文庫『近代、未完のプロジェクト』あとがき)からである。

注目したいのは、このような変化の基礎に、二度の世界大戦の主戦場となったヨーロッパにおける、自らの国家と民主主義に対する強烈で持続的な自己反省があるということである。それは「不戦」の条件をどうつくるか、というところにつきるようだ。これが仏独間の国境の壁を低くするために構想され設置された、欧州石炭鉄鋼共同体(1952年)であり、今日のヨーロッパ連合(EU)である。

またたとえば新しい社会原理として「ノーマライゼイション」がある。この思想は、1959年にデンマークの知的障害者法として生まれた。この「どのような障害を持っていても普通の人と同じように暮らすことを保障する」という原理が生かされるべき領域は、狭い意味での福祉の領域にとどまらない。それは「まちづくり」の原理であり、「生活者の原理」だからである。これもまた「新しい民主主義」の基本的な内容であり、「新しい公共空間」の重要な構成要素である。

以上の3点、すなわち(1)中央集権的政府の限界、(2)産業主義の限界、(3)そして民主主義の復位、を背景として「地域自治組織」への展望が議論され、そのモデルが各地で構築されつつある、と言ってもよいのであろう。

3,近隣自治組織、地域自治組織の考え方

(1)自治省の「コミュニティ政策」とその限界

 日本都市センターの『自治的コミュニティの構築と近隣政府の選択』(平成14年3月)は、「市民自治研究会」(寄本勝美委員長)の報告書だが「自治的コミュニティ」を総括し、近隣政府についての考え方を提案している。この報告書の完成をうけて行われたセミナー「近隣政府への途――地域における自治システムの創造」において、遠藤文男元自治省審議官は、1971(昭和46)年の自治省の「コミュニティ(近隣社会)に関する対策要綱」から出発した「コミュニティ政策」について総括をしている。その中で、何度も強調しているのは、近隣自治の仕組みと近隣政府の制度化という提言を行うことが大きな意味があると言う点である。「昭和22年に町内会・自治会が廃止されて以来、住民自治組織の問題に行政が介入することはタブーとされてきました。」(日本都市センターブックレット7、4頁の遠藤講演記録)

 それとこのコミュニティ政策の基礎となっている考え方として、「昭和46年当時の自治会・町内会についての認識は、政治行政の末端機関として組織化された前近代的集団で、いずれは消えるものであろうというものであり、これは、戦後における我が国の学界での支配的な意見でした」と紹介されているのが興味深い。

 ここには、第一に、自治会・町内会というような我が国に特有の地縁的な組織をどう捉えていくかという基本的な問題が既に提示されている。この地縁的な共同体、すなわち古い共同体的な紐帯を持ち、「世間」というしがらみと、「縦社会の秩序」に依存しているためにボス的な支配構造を持ちやすい地縁的なコミュニティを、どうとらえていくか。そこにおける共同の意思決定と「民主主義」とを、どのように折り合わせていくか、という問題である。この問題を正面から議論し、それの改革と再生に取り組まない限り、民主主義の復位、ルネッサンスとしての「共生社会の近隣自治」は展望できない、ということが重要なのである。

 自治省の「コミュニティ政策」と各自治体のコミュニティ施策は、この点で、最初から限界が画されていたとも言える。コミュニティ施策が、「コミニティセンター」というハコモノの設置と運営に矮小化され、多くの自治体で、地域の有力者支配に行政が(住民自治や参加の名の下で)タッチすることを避けて、むしろそれを温存することにもなった、というのがひとつの真実ではなかろうか。

この点、市としてのコミュニティ政策を、1971年から7つの中学校区ごとに「住民協議会」を設置し、住民参加方式で進めてきた三鷹市から次のように提起されている。

 「想像のレベルであるが段階を追うと、将来の自治体内部の民主的な運営手法として、住民協議会の発展をイメージすることができる。この可能性に対する阻害要因として、まず役員の地域代表としての正当性の問題がある。現在は選挙でもなければ任命でもなく、この指とまれ方式で役員が構成される。委員が互選で重要な役職も含めて選出するのである。この方式になんらかの正当性を付加しないと、代表としての正当性を住民に主張するのは難しい。」(『報告書』123頁、大石田久宗)。

(2)都市センター報告書では、これからの都市内分権の類型を次ぎのように掲げている。Aタイプとして、「住民参加・協働型」を挙げている。「Aタイプというのは、住民自治活動を中核に据える形での住民・住民自治組織と行政との参加・協働のシステムというべきもので、今日、全国的に多くの地域や自治体において実践、展開されているシステムを尊重し、活用するというものです。」(前掲、遠藤)

 このAタイプの従来型の活用の課題として、第一にコミュニティの構造ないし区域の問題、第二に住民自治組織の多元性の保障、その際の自治会・町内会とボランティア組織との関係、第三に一般的な自治組織としての自治会・町内会の積極的位置づけ、第四にコミュニティの連合組織、第五に特別の住民組織としての「住民協議会」「まちづくり協議会」、これらをどう考えるかということが挙げられている。

 そしてBタイプとして次のように挙げられている。「これは基礎的自治体の内部における都市内分権あるいは組織内分権の推進による体制整備を基盤とし、そこにおける民意を代表する組織、つまり、従来のコミュニティというものを結びつけることにより、狭域の近隣の場(ネイバーフッド・レベル)における包括的な権能・機能を担う独立した「政府」を設けようというものです。」(同ブックレット9頁)。

 このうちB−2タイプは、政令指定都市の行政区などへの権限移譲と諮問機関を結びつけようとするものであり、現在の試みをさらに一歩進めるものと位置づける。B−1タイプは、公選の議会や住民総会を持ち、課税権をもったイギリスのパリッシュなどの「近隣自治政府」を想定している。

 いずれも、現在における「地域自治組織」を考える有力な分析枠組みであり、展望を含めて議論する枠組みとして発展させていくべき議論である。

(3)コミュニティ型組織とアソシエーション型組織

 地域自治組織を考えるとき、基本的には、R.マッキーバーの言うコミュニティ組織の2類型が常に前提となる。前掲の都市センターの報告書も前提としているのはこの議論である。すなわち、「コミュニティ型の組織」と「アソシエーション型の組織」である。

 市民自治や住民自治を議論するとき、「裸の個人」というかたちでの市民、住民は「積極的なアクター」としてはごく例外的である。個人としての市民、住民は、選挙権者として投票行動者としてあらわれるか、サービスの受益者あるいは消費者としてあらわれる。これが古典派経済学者が描く「タックスペイヤー」であり、足による投票を行う市民であると想定してよかろう。現在では、公募市民として、あるいはパブリック・コメントの提案者として大きな意味を持ちつつある。

しかし、現実の自治体政治や行政では、「組織された市民」、「組織された住民の代表」こそが、積極的な活動を担い、意見を表明するとともに、ボランティア団体などというかたちで、「協働の相手」ともなる主体だというのが実態である。「住民自治」は政治的な代表制によって担われると共に、これら「市民組織」や「住民組織」によって担われるといってもよい。

この地域社会の市民による組織は、マッキーバーによると次のように、コミュニティを基礎としたものとなる。少なくも20世紀初頭の観察からは、そのように理解されたのであるが、それは現代の「共生社会の民主主義」を考える際にも基本的な認識枠組みとしてそう大きな差異はないと思われる。

「ある領域がコミュニティの名に価するには、それより広い領域からそれが何程か区別されなければならず、共同生活はその領域の境界が何らかの意味をもついくつかの独自の特徴をもっている。(中略)コミュニティは、社会生活の、つまり社会的存在の共同生活の焦点であるが、アソシエーションは、ある共同の関心または諸関心の追及のために明確に設立された社会生活の組織体である。アソシエーションは部分的であり、コミュニティは統合的である。一つのアソシエーションの成員は、多くの他の違ったアソシエーションの成員になることが出来る。コミュニティ内には幾多のアソシエーションが存在し得るばかりでなく、敵対的なアソシエーションでさえ存在出来る。(中略)しかし、コミュニティはどの最大のアソシエーションよりも広く自由なものである。それは、アソシエーションがそこから出現し、アソシエーションがそこに整序されるとしても、アソシエーションでは完全に充足されないもっと重大な共同生活なのである」(R.M.マッキーバー、『コミュニティ』1917年)。

 このような地域組織の二つの類型は、次のように考えられる。

 コミュニティ型組織は包括的であり、マルチ・パーパス的な、多くの目的や課題を持った組織である。清掃の当番や祭りの役員、防犯や交通安全などなんでもありうる。地域社会が抱える問題は全てその活動の対象となりうる。自ら選択して所属したり、メンバーとなるのではなく、その地域に住むこととなったり、ある団体に所属することによってメンバーたる地位を自動的に取得する。すなわち自治会や町内会型の組織である。

 アソシエーション型組織は、一つの課題を解決するために、自発的に集まった市民、住民の組織である。テーマ型組織とも言える。そのために、その活動は地域的に限られないし、地域性からは比較的に自由である。NPO法人やボランティア団体がこれに相当する。

 このふたつの組織をどのように組織していくか、その政策が「地域政策」に他ならないといえる。

4、地域自治組織と行政との協働を通じて分権型分散型都市をつくる

(1)住民、市民の力をつける

 イ、たまり場を作る。

このたまり場とは市民と行政、事業者が討論する場という意味での「たまり場」である。ハコモノとしての「コミュニティセンター」を作り、その運営を一部住民組織に任せるということではない。このようなハコモノ事業は、しばしば古い縦型のボス的な人々の拠点となったため、民主主義の担い手としての「自立した個人」、自らが働くことで自らを主張しうる個人の活動をむしろ抑制してきたともいえる。ここでいう「たまり場」はあくまでも多様な、多元的な市民団体や住民組織が、一定の課題について討論する場として設定される。そのための「たまり場」である。そのためには、施設、資金、情報、人材の4つが地域に投資される必要がある。

まず「施設」は公民館や自治会館、余裕教室、廃止された農協支所跡地や金融機関跡、閉店した商店の跡、あるいは老人憩いの家や福祉センターなど資源の活用が必要である。余裕があれば、北九州市や神戸市のように小学校区単位に「市民福祉センター」「市民活動センター」などを、新設して設置していくことも必要となる。

「資金」としては、市民活動支援基金を市の基金として設置し、そこに市民の寄付を受け入れることで公益信託基金として免税措置を活用できる(杉並区や福岡市の方式である。)なお、「市民活動センター」内に、NPO法人や有限会社などの法人を設置し、それが補助金や交付金、委託金の受け皿となることも考えられる。多くの福祉団体が、社会福祉法人や財団法人、さらに介護保険事業者やNPO法人を複合的に設けたコンプレックスの形となっているのも、このような外部資金活用のための工夫である。

「情報」の地域的蓄積と発信の拠点。まず行政情報や地域情報、全国情報を地域で参照できるレファレンス機能、インターネット・カフェが必要だ。それに印刷機や製本機能を兼ね備えた出版工房がつくとよい。情報発信のハード面での整備である。それにタウン情報など地域情報紙・誌の編集部と編集委員会が置かれる。地域の商店、コンビニエンスストア、医療機関、美容院、飲食店などに地域情報を置く。地域のホームページの設置とその更新と維持のための組織は必須である。

「人材」は、まず後に述べるような行政が地域出て行くことで、地域のコーディネーター役を担うことが求められる。そして、「まちづくり協議会」を総合的な調整と連絡機構とした「緑のまちづくり委員会」や「地域福祉推進協議会」、「一芸大学」などを縦横に組織することで千人単位の人材を発掘し、活性化することが求められる。

 ロ、継続的に討論する場を作る。

 例えば市の「総合計画」と「実施計画」の策定市民委員会および、そのモニタリング委員会での進行管理委員会を設ける。年に4回程度の経過報告と一年ごとの実施結果と事業達成度の報告と実地視察等に基づく討論が保障される必要がある。

 このような討論する委員会は、「地域福祉計画」と「地域福祉推進協議会」、「市町村環境基本計画」と「環境づくり協議会」、「地域雇用就労支援計画」と「支援センター」および「地域就労連絡協議会」、など重層的な討論と、「評価の場」として設置されることが求められる。

 ハ、情報の公開をより徹底する。

 @、この情報公開には、いわゆる「口利き」についての情報を記録し、公開することが必要である。

 A、全ての行政の意思決定とそれを巡る議論が、市民、住民への説明責任が果たせるかどうかの基準で行われ、記録されることが求められる。

 B、生の情報の垂れ流しではなく、わかり易く工夫された情報を提供することと、積極的な説明が求められる。その点では、行政が市民の要望で出向く「出前講座」は重要で、わかるように説明する工夫は、実際に市民と面談して説明するところから始まる。

 C、協働の仕事については、事業の企画段階からの市民参加が求められる。その意味では、事業の立ち上げから策定、執行、監査、事後評価までのフロー図を示して、どの段階での協働作業なのかを明示しておく必要がある。

 D、先ほども触れた出前説明会を全ての課長級以上が行うと共に、その場で意見を聞く車座の座談会を企画し、実行する。その記録を整理して整理し、公開する。

 E、概算要求段階での予算の公開と、パブリック・コメントの公募。当事者などの予算編成への参加と討論。

 ニ、行政はまちに出よう。

 @、本庁のフラット化による稟議制度の段階の短縮を行い、起案から意思決定と執行までの時間を出来る限り短くする。無責任と自己保身のためのハンコ行政は、基本的に廃止し、中間の組織管理は最小限とする。「小さくて強力な企画調整、執行体制の構築。」

人員は現場に手厚く配置し、予算編成と執行権の現場への付与を行い、現場が即断即決できる能力を陶冶すると共に、政策評価、事務事業評価に応答でき、市民への説明責任を果たせる能力を養う。

 A、まちづくりコーディネーターを地域自治組織に配置する。任務としては、(1)拠点整備と構築のための情報収集と提案、相談。人材を訪ねて地域の各団体やグループを足で訪ねてネットワークをつくる。(2)当面の対象は、まちづくりにたずさわる地区の役員、NPO担当者、ここの住民などである。(3)資金面でのまちづくりノウハウの開拓と組織運営の工夫についてのヒアリングなどが必要である。(4)制度および法令の解釈と運用を利用したり、活用したりする立場から考え、議論する。立法構想についても考える。ファシリテーターヤおよびインタープリターの役割を期待する。

 B、権限を持った環境レンジャーを配置し、NPOやボランティアと協働して活動する。産業廃棄物の不法投棄や不当な管理の是正を行える権原を明確にする。自然保護のための罰則付きの条例を執行するだけの人員配置と権限の付与が必要である。同じことは水質の汚濁などにも言える。このレンジャーは環境教育の講師としても積極的に位置づける。

 C、福祉ソーシャルワーカーの配置が必要である。地域自治組織または中学校区に設置された在宅介護支援センターに配置されるソーシャルワーカー(あるいは社会福祉士、保健師、介護福祉士など専門家のチーム)は、個別の相談に応じて(社会福祉協議会やケアマネジャーなどを介して)、インテークからアセスメント、サービス提供機関への紹介、施設入所手続きの仲介、給付開始の決定とモニタリングと相談などを一貫して担う。一人のソーシャルワーカーの持つケースは40ケース未満とするなどして、相談の始まりから福祉ニーズの解決までをカバーする、カバーできる体制が必要である。また、高齢者のみではなく、障害の生活支援センターとしての機能を併せ持ち、あついは子どもや障害者担当支援組織との強いネットワークが形成されるよう、その中核を担うことが期待される。具体的には、「地域ケア会議」主催し、恒常的な開催とそこでの議論を総括し、政策化していくことが求められる。

 その際、2004年4月23日に公表された「これからの高齢者介護における在宅支援センターのあり方」報告書(検討委員会委員長白澤政和大阪市立大学教授)の示す方向が参照される必要がある。

 第一に、これからの在宅支援センターの機能としては、利用者の実態把握を的確に行うことである。特に痴呆性高齢者の早期発見や虐待されている人の把握が求められる。

 第二の期待される機能は、総合相談と総合的な在宅生活支援を行うことである。単に高齢者だけでなく、障害者や児童を含めた、地域住民全体の生活相談機関として在宅介護支援センターが期待されている。

 第三に、高齢者リハビリテーション研究会(上田敏委員長)の中間報告でも指定されているような、介護予防の側面を強化し、高齢者に対して介護予防マネジメントによる介護予防プランを作成し、その実行を管理し支援することが求められている。

(2)企業文化を変える。

 @、企業の社会的責任すなわちCSR(corporate social responsibility)と、社会的責任投資(SRI=socially responsible investment)の流れに対応して、協働の当事者でもある企業の文化を変えていくために、「行政自らが事業者として」社会的スタンダードを遵守する事業に脱皮する。

社会的責任とは、いくつかの基準があるが、例えば、社会的責任を果たしているかどうかの基準としては、ISO14000の取得状況とその後の管理システムの稼働状況。男女共同参画の達成度。障害者雇用の実績。法令遵守(コンプライアンス)の評価。公正な外国人雇用、総じて人権配慮の評価。労働条件は従業員にやさしいか。ファミリーフレンドリー企業かどうか。ゼロエミッションへの取り組みなど資源管理はどうか。エネルギー消費は適正か。燃料電池や太陽電池など新しいエネルギーへの取り組み、など。

A、このためには、入札において、「総合評価一般競争入札」(武藤博己『入札改革』岩波新書など参照)の導入など、入札制度の改革が求められる。
B、企業誘致や企業支援の基準としても、この社会的責任が基準となりうる。

(3)行政を変える。

 @、事務事業評価と政策評価を予算編成に結びつけ、部内の相対評価などを利用した、事業のビルド・アンド・スクラップを実行する。
 A、そのために市民による政策評価制度を導入する。枚方市の「まちづくり指標」なども参考となるであろう。
 B、政策評価に協働への積極度や理解度という基準を導入する。
 C、同じく政策評価に事業の「社会的責任」基準を導入する。
 D、行政のフラット化と権限の現場や窓口への移譲。予算執行権と編成権の一部移譲。
 E、「協働のルール」の市民、事業者と協働での策定と、行政内部への徹底。協約(コンパクト)への取り組み。
 F、職員の人事評価基準に、1,個人としての地域活動への参加度をプラス評価項目として導入すること。2,職務としての住民への支援活動を、プラス評価する仕組みを導入する。

 G、地域自治組織の構築とその革新。

  イ、重層的な地域自治組織。大字、小学校区、中学校区、旧町村。
  ロ、広域連合など広域対応システムの構築。
  ハ、地域住民協議会、まちづくり協議会などの設置。その際の多様な自治の主体が討議し協働できる事業活動体としての工夫。
  二、それらの地域代表制としての正当性確保の工夫。
  ホ、地域自治組織の予算と決算、予算編成と予算要求の論議の保障。
  へ、地域自治組織の資産管理と、その運用の自主性を保障すると共に、その内容の公開と監査機能の設定。

 われわれは、以上のように地域自治組織の可能性とその意味について考えてきた。以下では、その地域自治組織の可能性(ひとつの可能性)を持つと考えられる、京都府美山町の取り組みを訪問調査した内容を一部紹介しておきたい。(なおこの項は、「分権ならサロン」の発行している『ならの風』第二号(2004年1月)に掲載したものに手を加えたものである。)

5,京都府美山町を訪ねて

(1)かやぶきの里とグリーンツーリズム

 2003年の10月初め、京都府の美山町を訪ねた。京都市の左京区高野から京北町を経由して美山町役場まで、ほぼ1時間半の車の旅である。鉄道の便はなくJRバスも平成6年に廃止され、町営バスが最寄の京北町周山までつないでいる。

 かやぶき屋根の北集落の前の畑は、秋ソバの花が白く広がっていた。このソバで手打ちそばを供することができるようにがんばるとは、府道沿いの「お食事処きたむら」ご主人のパンフレット(そばの花第11号、発行そばうち会)での言だ。

 美山町の人口は昭和30年のピーク時には約1万人であったが、03年では5200人程度で、なおゆっくり減少している。65歳以上の人の割合である高齢化率は、2001(平成13)年には32.6%で全国平均の17%の2倍近い。冬の積雪は多い。

しかし,一方でここは、北地区のかやぶき屋根の集落とその景観などを中心に、まず1988(昭和63)年の、「第3回全国農村アメニティコンクール優秀賞」受賞を皮切りに、1992(平成4)年に「第1回美しい日本の村景観コンテスト農林水産大臣賞」、1993(平成5)年には「過疎地域活性化優良事例国土庁長官表彰」および「重要伝統的建造物群保存地区指定」、1994(平成6)年「豊かなむらづくり農林水産大臣賞」、1995(平成7)年「手づくり郷土賞建設大臣賞」などを受賞している。いずれも村おこしと調和のとれた農村の景観が評価されている。

1993(平成5)年には、「グリーンツーリズム整備構想策定委員会」を設け、モデル構想を策定している。その基本コンセプトは「美山町のもつ美しい農村景観・美山らしさ・住みよい農村空間を形成すること。このことによって、Iターン、Jターン、Uターンを促すこと」、である。

なお、2001(平成13)年には「第8回優秀観光地づくり賞・金賞・国土交通大臣賞」を受賞している。総務大臣賞は愛媛県内子町、国際観光賞は滋賀県長浜市である。

これらと平行して、町づくりの体制としては、1992(平成4)年の4月にIターン者向けなどへの土地・住宅のあっせんと供給事業体として「第三セクター美山ふるさと株式会社」を設立(2001(平成13)年には新生美山ふるさと株式会社としてJA美山の事業の一部を引き継いで美山牛乳などの生産、販売をになう特産振興部と定住促進部とに再編した)、1993(平成5)年の4月の「美しいまちづくり条例」、2000(平成10)年3月には「美山町ほたる保護条例」を制定するなどが進められてきた。

(2)出来て2年半の地域振興会

訪ねたのは役場の近くにある、宮島振興会である。この地域振興会というのは、2001(平成13)年4月に地区ごとの話し合いによって設立された、「地域自治組織」である。この宮島振興会のほか、知井振興会、平屋振興会、鶴ヶ岡振興会、そして大野振興会の5つがある。この振興会のまとまりは、1955(昭和30)年に町村合併促進法に基づいて美山町として合併する前の旧村にほかならない。それぞれ、それまで各地区にあった「自治会」、「村おこし推進委員会」(1990(平成元)年6月設立)、「地区公民館」の三つの在来組織を統合したものだ。

なお、この「地域振興会」には、協力団体として、農事組合、造林組合、消防団、財産区管理委員会、婦人会、青年団、老人クラブ、保育所と保護者会、学校(PTA、スポーツ少年団)などの名前が挙がり、協力・協働するよう位置付けられている。

 また、基本的な三つの部会とは、旧自治会を継承する企画総務部、旧村おこし推進委員会を引き継ぐ地域振興部、そして地区公民館を受け継いだ生涯学習社会教育部、である。  

それに、行政の支所機構がつく。戸籍や住民登録関係の窓口業務、それに住民要望(陳情や苦情)、保険・福祉・医療サービスの相談。加えて町としての、それぞれの地区ごとの地域振興計画の策定が大きな仕事であるように見受けられる。

 さらにオブザーバー(参与)として、(有)村おこしセンター地位の里、(有)タナセン、(有)大野屋、(有)ダムパーク大野、などがある。

(3)農協支所跡地利用の有限会社

 このオブザーバーのうち、鶴ヶ岡地区にある「タナセン」(1999(平成11)年12月設立)、知井地区の「21ショップ」(2000(平成12)年9月設立)、そして大野地区にある「大野屋」(2000(平成12)年4月設立)は、旧農協支所の購買部を引き継ぎ、自主的な法人形態をとった日用品の販売を中心とする商店で、地域振興会事務所に併設されている。これらについては、同じく京都府大宮町の「常吉百貨店」と共に、地域住民や区が出資した有限会社など商法法人形態による「地域商店」として全国的にも注目されている。一種のコミュニティ・ビジネスであると言っても良い。

 いずれも旧農協跡地と建物を町が買い取り、農水省の補助金などで施設整備を行い、「道の駅」的な施設として、農林水産業などからの地域特産物も扱う(大野屋の場合)。つまり、従来は農協の支所が担ってきた,日常の食料品、文房具、化粧品など雑貨、農機具、衣料品、それに書籍などと、さば寿司など特産品を販売するために、住民出資による有限会社が引き継ぐというかたちをとっている。それによって、特に買い物にハンディキャップのある高齢者の生活を支え、地域が衰退することを防ごうというチャレンジである。

(4)分権型・分散型自治体のヒント

 その1、「大きな危機感の共有とキャッチフレーズ」

さてこの「地域振興会」は、今回の合併で注目される、「分権型・分散型」合併を考えるための、ひとつの組織事例である。また、合併をしない町村や都市にとっても、これからの自治体内分権としての「地域自治組織」を考えるヒントとなる可能性を持っている。つまり自治体内分権を具体的に考えるための参考事例として考えてみたいのである。

ではどういった観点からヒントになるのだろうか。まず、地域社会の将来と現在に対する「大きな危機感の共有」と言う点である。このことは、宮島振興会の中井振興課長(当時)がなんども強調していたことだが、「ハングリー精神」を持ちつづけてきたのが美山町だ、という。高齢化率は高く、ゆるやかな人口減少は歯止めがかからない。「地域振興会」の設立自身も、次のような流れの中から生まれてきたようだ。

「第3セクター美山ふるさと株式会社による新規定住対策や都市との交流による新たな産業おこしを実践してきたが、本格的な少子高齢化社会の到来で、集落・地域・町段階の各組織で従来の機能が失われつつある。役員の兼任化や構成員の高齢化により各組織とも活力や展望がもてない状況にある。」(『村おこしの取り組みと課題 第7回改訂版』)

 そこで、各組織を統合するというアイデアが生まれたようである。これに、恐らく、農協合併による、支所の廃止の衝撃が加わって「地域振興会」というかたちが生まれたのではないかと思われる。

その2、「地域振興課職員の地域振興会への配置」

 美山町「地域振興会」の特色のひとつは、このように基本的な三つの部会から構成され、それぞれが事業を展開しているのだが、その事務局長が町の「地域振興課長」となっている点である。したがって、「地域振興課長」は「地域振興会」ごとに5人いることになる。この「地域振興課長」は、ベテランの職員で、その地域出身者が充てられている。このような町の職員が、「地域振興会」という「地域自治組織」の事務局となっているわけだ。なお、今年の9月までは,この他に町の職員が1名、事務局員として配置されていたが、役場に引き上げられ、嘱託職員に交替していた。

このように行政職員が地域に出てきて、住民の地域活動を支援するという形は、地区公民館活動や、一部の市町村保健センターの保健師の活動に見ることができる。このよう行政と地域との関係は、メリットもあればデメリットもある。

デメリットは、住民が行政に対する依存度を深め,結局のところ住民自治の活性化に逆らうことになる。少なくもそのおそれがあるという点である。だからできるだけ早くこのような形を脱するべきだという議論になる。これはこれで正しい側面を持っている。

また、これから地方交付税が縮小していくことを考えると、行政職員の縮小ということも考慮する必要がある。行政が今以上に活動範囲を縮小する一方、行政が担っていた公的なサービス、地域住民の生活や生産そして流通,情報収集と提供,交換などを支える活動は、むしろ拡大するだろうから、地域住民自身が担うという仕組みを作らなければならなくなることは自明であろう。

しかし重要なことは、町役場から地域に出ることによって、町行政を見直す視点を確立することが求められることだ。これがメリットである。これから、地域住民と一緒に仕事をしていくとすれば、このように役場の職員の意識を変えることは、不可欠な課題である。

自治体内の分権を進めるということは、このように、地域に行政(行政職員で裁量権を持った幹部)が出て行き、そこで住民と議論し、住民と政策をつくり、役場の仕事として位置づけて関連部局と相談して政策化し、予算をつけ、そして住民と協同で実施すること、さらに、その評価を住民と協働で行うこと、を意味する。

特に地域から選出された市町村会議員との調整作業が出来なければならない。このような「地域自治組織」をもった自治体においては、議員はもっと大局的に、自治体全体を見渡して仕事をしてもらわなければならない。府や国、他の自治体との折衝や、周旋作業が主な仕事になることが望まれる。

住民のふたつのあり方

この場合の住民には二通りある。ひとつは、旧自治会や農協役員、財産区委員会など「地区の役員」クラスの人々である。現在の美山町「地域振興会」の役員は、このクラスの人々が多いようだ。したがって女性の割合が低い。そのために各振興会の課題のひとつとして、女性役員の割合をせめて2割あるいはそれ以上にすることが挙げられている。

美山町では、このクラスの役員が、地域振興会の活動に大きな役割を担い、そのために学習や研修に努め、新しい自主的法人を立ち上げる苦労を積極的に背負っているように見受けられる。地区によっては、30代、40代の担い手が出てきているようだ。

もうひとつのタイプの住民は、地区にこだわらず、自治体の領域全体をカバーするような活動をしている住民組織である。もちろんこのような住民は、地区の構成メンバーとして地区の役を担っている場合が多いのだが。

「水をまもるためにせっけんを」というNPOなどがそれにあたる。このような住民組織は、市町村を超え、府県や全国的なネットワークと連携している場合も多い。このような「住民組織」あるいは「市民組織」は、「水環境の保全」、「里山の環境再生」、「障害者とその家族の支えあい」など、ひとつの課題を解決するために、ボランタリーに、すなわち自主的・自発的に手を取り合って活動している。このような、住民組織が「地域振興会」の活動の輪に加わってきていることも注目される。

 今年の9月から大野地区での配食サービスが始まったが、これは町の社会福祉協議会が行ってきた事業を大野振興会が受け継ぎ、ボランティア・グループ(虹の湖ネットワーク)を組織したものである。女性37人と配送担当の男性4人が登録している。サービスの利用者は22人。「将来的には大野地域でとれた野菜を利用したメニューも考えていきたい。」(戸本節子大野地域振興課長)。なお、一食700円で、町が400円を助成する。

 このように、「コミュニティ型」の「地縁的組織」と、あるテーマを追求し、解決するために自らを組織した「アソシエーション型」組織が。「地域振興会」の構成メンバーとして協働の輪の中に包括されつつあるが、ここでの特徴である。

その3、「生産組織としての地域振興会」

ところで、農協支所を継承した三つの地区では、先に触れたように購買部を引きついだ「タナセン」などが、さまざまな形で農地管理や農作業の受託を行っている。他の地域振興会、知井振興会、宮島振興会などでも広域営農組合の組織化など、農業生産組織として活動している。すなわち「地域振興会システム」のもつ第3の特徴は、「村おこし委員会」が,継承してきた「村の地域振興」とくに地区における農地管理の推進によって、ムラの経済基盤をある程度コントロールしてきたことである。

鶴ヶ岡地区の(有)タナセンの農事部の場合、平成11年3月に京都美山町農協の3支所の廃止が決まった後、その年の12月に地区および個人の出資による有限会社タナセンも登記が完了している。さらに旧農協鶴ヶ岡支所の土地と建物を町が買収する議案が同年12月に成立、翌日タナセンの創立総会が開かれている。

この有限会社タナセンの定款には、農作業の代行、請負委託事業、農産物の生産・加工・販売業務を事業目的として掲げた。そして地区(大字)ごとに新たな広域営農組組合を設立し、転作を中心とした農作業を受託している。方法としては、3ブロック(水稲地、転作地、水稲地)によるローテーション方式をとっている。

タナセンが全体の作付け方針、種子・資材等の一括発注と決済を行い、作業料金の支払や補助金事務を行う。また栽培講習・指示、JAとの協議を行う。そして広域組合は土地所有者の同意の取り付けを行うと共に、農作業全般を請負い、作業料金の受払いを担っている。

すなわち、「地域振興会システム」は農林業など特産物の開発・生産・販売や農作業の請負など農林業の経済活動を担う共同組織としての色彩も一方で強いといえる。このように村おこしの基盤に、農林業の振興とそのための共同作業・共同管理が置かれていると見ることもできるのだ。これは、もともとが、昭和42年から63年まで農水省の補助金を利用して、圃場整備事業を大規模に導入し、「田んぼは四角に、心はまるく」のスローガンで取り組んだ「第1期村おこし 農林業の振興」以来の、考えかたの延長上にあるといえる。その点では、基本法農政に忠実でありながら、それを相当に利活用した町といえるもかも知れない。

その4、「まちづくりイメージの明確化」

それともうひとつは、明確なまちづくりのイメージを持っていることである。各振興会がそれぞれの地域特性を踏まえながら、「めざせ 日本一の田舎づくり」、「地域のことは地域で」という方向で統一されているように見える。それに、生産と生活のキャッチフレーズとしての「地産地消」という言葉が、よく浸透している。

これにやや不足している、福祉、健康、医療の政策を組み込めば、Iターンなどの新しい住民の定住を進めることも可能だろう。そしてそれが、地区の新しい担い手と高齢者の交流というかたちで、まちづくりの次のステップにもなりうると思われる。

その5、「情報公開と住民参加、そして調査活動」

これからの「地域自治組織」を考える場合、さきほどの『評価検証報告書』などによれば,次のことも重要な課題だと指摘されている。

第一に、旧来の自治組織の統合である「地域振興会」は、一方でその負担軽減という観点から、役員を削減している。スリム化である。これは必要な組織改革だが、同時に住民参加を更に拡大する方策が必要だとも指摘されている。特に「男女共同参画社会」に向けた女性の参画が求められる、という課題意識が高い。そのためには、広報誌の拡充と充実が求められる。すなわち情報公開である。これには本格的なコミュニティ・マガジンのようなものも、再度,深く自らの地域を知ることという観点から求められるかも知れない。(東京の台東区から文京区、荒川区にまたがる「谷中・根津・千駄木」地域の地域誌『谷根千』を想起している。)

それとIT基盤の拡充なども重要になる。地域振興会の生涯学習部の重点的な取り組みとして、パソコン講習とインターネット・カフェの体験が好評だったそうだ。このことは美山の地での就労機会の確保ないし保障にとっても、これからはITを必要とすることを象徴する。ホームオフィス・スモ−ルオフィズの環境作りから、高齢者の情報へのアクセス権の保障と、情報リテラシーの確保、子どもたちの情報教育という観点からも、IT基盤の整備が極めて重要だという意識が強い。

 第二には、調査活動の一層の推進が重要課題として挙げられている。

これまでも、政策立案の基礎としての「調査活動」がそうとうしっかり行われているようだが、その調査や研修、そしてそのための情報ネットワークの構築こそが、村おこしのための人材育成に役立ってきたという思いがありそうである。

夕方に遅くなって訪ねた「知井振興会」では、平成15年の3月にまとめられた「ふるさと知井の将来プラン作成のための 住民意向調査集計結果」というパンフレットを頂くことができた。これは地区内の住民588人からの回答を,単純集計と一部クロス集計で見たもの。それによって、地区の課題がいくつか浮き彫りになっている。

@ 日常生活での不安,不満

「病院や診療所などの利用が不便である」(50.1%)
「農業問題」(41.9%)
「冬の積雪に不安がある」(41.0)%
「古いしきたりやつきあいが大変である」(35.3%)
「集落や近所に住む人が少なくなり、活気がなく不安である」(32.4%)
「バスなどの交通の便が悪い」(30.8%)

A 希望する地域政策

「医療・福祉サービスを利用しやすくしてほしい」(50.4%)
「働く場所や機会を作り、働く場所を整備してほしい」(23.5%)
「農地や山林の管理、農作業、林業などを支援してほしい」(21.2%)
「携帯電話や高速インターネット、デジタルテレビ対応など情報基盤を強化してほしい」(19.4%)
「山崩れ、洪水、火災、積雪など災害に対する対策を強化してほしい」(18.8%)

(後掲『評価報告書』)

またよく他の地域の見学、研修を行っている。例えば、同じ知井振興会が自主法人設立のために行った2000(平成12)年度の研修は次のようだ。

 1、店舗づくりを学ぶ。京都市、京北町、和知町、丹波町。「道の駅」系統の訪問調査のようだ。
2、特産振興、街並み保全を学ぶ。奈良県當麻町、橿原市今井町。
3、農業生産,加工,販売を学ぶ。滋賀県大津市、愛東町。
4、研修会の開催。
  ・法人設立の方法と手続き。行政書士、府農業会議、町商工会。
  ・地産地消の農業。府農業改良普及所。
  ・イベントの開催。地域間交流を図り商品化コンテストも。
   春,夏,秋の3回で2,400名参加。
5、女性活動の推進のために。滋賀県の環境保全政策。水環境科学館、五箇荘町。

おわりに

 これからの地域分権と地域自治組織を考える場合、次のような、地域振興会設置のねらい(理念)をよく検討して活用することも重要だと考えられる。

 @ 住民の利便性を高める。
 A 地域の課題の掘り起こし。
 B 人材の発掘。

このような理念は、小難しい理屈ではなく、常に住民の目線でのニーズに応えることによって成長し,反省し、変化する組織をつくることを可能にするのではなかろうか。

いずれにしても、これはひとつの例であるが、このような実態をもった「地域自治組織」の組織化を図ることが、これからの「基礎的自治体」に求められる。もちろん、他の自治組織のありかたを構想してもよい。今後の地方自治法改正の課題としては、このような「地域自治組織」に「法人格」を付与することが考えられても良い。たとえば、財産区の管理員会や、行政委員会としての農業委員会などに類推されるような、役員と執行機関を公選にすることを選択肢のひとつとした、多様なありかたを可能にしたいものである。

 このように形成される公法人と、有限会社や株式会社、財団法人や社団法人、社会福祉法人、それにNPO法人などと、それらに出資したり,自らの負担で活動する個人との複合体として、より豊かで、多様な意思を包括した、「地域自治組織」の展開形態をも構想したい。

主要参考文献

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12,日本都市センター『自治的コミュニティの構築と近隣政府の選択』2002年。
13,浜林正夫『ロック』研究社出版、1996年。
14,J.ハーバーマス、三島憲一編訳『近代、未完のプロジェクト』岩波現代文庫、2000年。
15,山口二郎『戦後政治の崩壊――デモクラシーはどこへゆくか』岩波新書、2004年。
16,大森弥編著『地域福祉と地方自治体』ぎょうせい、2002年。
17,『個性ある山村地域の再構築実験事業 評価検証報告書 平成15年3月』京都府美山町、2003年。<
18,林建久、加藤栄一、金沢史男、持田信樹『グローバル化と福祉国家財政の再編』東京大学出版会、2004年1月。
19,福吉勝男『ヘーゲルに還る  市民社会から国家へ』中公新書、1999年4月。

 

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