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障害者制度改革の転換と自治体

『季刊自治体法務研究』2010年秋号
澤井 勝

障害者制度改革の転換と自治体

                       奈良女子大学名誉教授  澤井 勝

1、政権交代と障害者制度改革のパラダイムシフト

 鳩山内閣は2010年1月に「障がい者制度改革推進会議」を内閣府に設置し、この67日まで14回の会議を開き議論してきている。この会議は、「障害者の権利条約の締結に必要な国内法の整備を初めとする我が国の障害者に関する制度の集中的な改革を行う」ことを目指す首相を本部長とする「障がい者制度改革推進本部」(2009128日設置)のもとで、「障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害者、障害者の福祉に関する事業に従事する者及び学識経験者の参集を求める」として置かれた。

この推進会議は、委員24名のうち障害当事者(障害者とその家族)が14名と過半数を占める。まずこの点で、障害者制度については障害者自身がその決定に参加するべきだとする権利条約の前文第15号および第4条「一般的義務」の第3項に従っている。

権利条約第4条第3項は次のように言う(川島、長瀬の仮約=20085月による。以下同じ)。「締約国は、この条約を実施するための法令及び政策の作成及し及び実施するに当たり、並びに障害のある人と関連する問題についての他の意思決定過程において、障害のある人(障害のある子どもを含む。)を代表する団体を通じて、障害のある人と密接に協議し、かつ、障害のある人を積極的に関与させる。」

この政策決定過程への障害者の完全参加の推進は、今後の自治体での条例等の制定改廃の作業において中心的な課題となるべきものである。

また第1回推進会議(10112日)に出された「推進会議の進め方の(大枠の議論のための論点表)たたき台」では、権利条約の規定をもとに、障害者基本法、差別禁止法、虐待禁止法、自立支援法、教育、雇用、交通と情報アクセス、精神医療、所得保障、「障害」の表記のあり方、などが挙げられている。この論点表は0912月に内閣府参与に任命され、会議の事務局を担うポリオの障害を持つ弁護士の東俊裕さん(熊本学園大学教授)の作成にかかる資料である。東さんは国連での権利条約審議では当時の政府代表顧問を勤めている。

このような「推進会議」の方向について、DPI日本会議の機関誌「われら自身の声」の254号では、期待を込めてであろうが、「障害者問題を福祉から人権の問題へ」「障害者関連法制度を事業者中心から消費者・利用者中心へ」「障害当事者による制度設計への形式参加から実質参加へ」とパラダイムの転換を図るものだと評価している。なおDPIとは、Disabled Peoples’ Internationalのことである。

 

2、障害者自立支援法の廃止と新たな総合福祉法

 これに先だって、1017日、国(厚生労働省)と障害者自立支援法違憲訴訟原告・弁護団との間で基本合意文書がまとめられた。この基本合意によって324日のさいたま地裁をはじめ各地で和解に応じ違憲訴訟を取り下げている。この基本合意はおおむね次の通りである。

 

(1)、障害者自立支援法を廃止し、国(厚生労働省)は応益負担(定率負担)制度を廃止し、遅くとも平成258月までに、新たな総合的福祉法制を実施する。そこでは憲法に言う障害者の基本的人権の行使を支援するものであることを基本とする。

(2)、障害者自立支援法制定の総括と反省

 @国(厚生労働省)は、憲法第13条、第14条、第25条、ノーマライゼーションの理念等に基づき、原告らの思いに共感し、真摯に受け止める。

 A国(厚生労働省)は、障害者自立支援法を、立法過程において十分な実態調査の実施や、障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行することで、障害者、家族、関係者に多大な混乱と生活への悪影響を招き、障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたことに心から反省の意を表明する。

 B新たな総合的福祉制度を制定するに当たって、国(厚生労働省)は、今後推進本部において、上記の反省点に立ち、障害者の参画の下に十分な議論を行う。

(3),新法制定に当たっての論点 利用者負担のあり方

 @軽減措置を上回らないこと

 A市町村民税非課税世帯に利用者負担をさせないこと

 B収入認定は障害者本人だけとすること

 

3、障害者の権利条約のポイント

 国連の障害者の権利条約は2006825日に国連本部において、第8回目の特別委員会で実質的に妥結し、同年1213日に第61回国連総会で採択された。それから1年半ほどした200843日にエクアドル政府が批准したことで20カ国の批准が行われ、53日に正式に発効している。日本政府は20079月に署名しているが、それに伴う国内法の整備が遅れているという理由から未批准である。隣の韓国および中国は既に批准している。

 

(1)障害の医療モデルから社会モデルへの転換

 この権利条約の特徴をあげると以下のようになる。第一には、障害者を福祉施策の対象から権利主体へと明確に位置づけ直している点である。それにともない、障害のとらえ方を医療モデルから社会モデルに転換させている。つまり、「障害問題の原因と責任を障害者個人に還元させる『障害の医学モデル』と対立し、障害を社会的構築物として観念する。」(長瀬、東、川島編『障害者の権利条約と日本』生活書院、20087月、20頁)。これを反映して、本条約は「障害の概念」と「障害者の概念」を前文と第1条に定めている。

 

第一条 目的 「この条約は、障害のあるすべての人によるすべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し及び確保すること、並びに障害のある人の固有の尊厳の尊重を促進すること目的とする。

障害者には、長期の身体的、知的又は感覚的な機能障害のある者を含む。これらの機能障害は、種々の障壁との相互作用により、機能障害のある者が他の者と平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げる場合がある。」

したがって、たとえば障害者基本法の対象として、身体障害者福祉法に言うような身体障害者手帳の所有者かどうか(医療モデルが基礎にある)で限定している日本の現行福祉法制では対応できないことになる。(身体障害者福祉法4 この法律において、「身体障害者」とは、別表に掲げる身体上の障害がある十八歳以上の者であつて、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう。 )

そしてまた、我が国で最初の障害者差別禁止条例の色彩が濃く、その点でも先駆的で画期的な千葉県の「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」においても、現行法の枠に規定されて障害者の範囲を次のように規定していることもまた見直しを迫られることになる。

 

第2条(定義)この条例において「障害」とは、障害者基本法第2条に規定する身体障害、知的障害もしくは精神障害、発達障害者支援法第2条第1項に規定する発達障害又は高次機能障害があることにより、継続的に日常生活又は社会生活において相当な制限を受ける状態を言う。

 

この条文は、医療モデルだけではなく社会モデルも統合しようとしていることは評価できるが、なお障害者の範囲について基本法の規定に制約を受けているようである。

 

(2)「合理的配慮」をしないことは差別

 条約の第2条(定義)では、「『合理的配慮』とは、障害のある人が他の者との平等を基礎としてすべての人の権利及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、特定の場合に必要とされるものであり、かつ、不釣り合いな又は過重な負担を課さないものをいう。」としている。

 また「障害に基づく差別」とは、同じく第2条で次のように規定されている。「障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的なその他のいかなる分野においても、他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする目的又は効果を有するものをいう。」

 この「合理的配慮」(reasonable accommodation)には、身近なものとしては障害者が使う建造物や通路、交通機関のバリアフリー化や使う道具などのユニバーサルデザインの採用、手話の提供や点字教材の準備などコミュニケーション手段の用意など広範にわたる。

 アメリカの差別禁止法であるADA(Americans with Disabilities Act,1990)は雇用分野で次のように合理的配慮の類型を示している。「(A)従業員によって使用される現存する施設を障害を持つ人に利用しやすく利用可能にすること、(B)仕事の再編成、パートタイム又は勤務スケジュールの調整、空席への採用、機器又は装置の取得又は改変、試験・訓練教材、方針の適切な調整又は改変、資格のある朗読者又は通訳者の提供、および障害を持つ人のためのその他同様の設備」。このように類型を示しながら「合理的配慮」とはそれだけに限定されないことを明らかにしている(長瀬、東『前掲』49頁)。

 

さらにDPI日本会議の情報コーナーには次のような訴えが掲載されている(2010630日現在)。

「神奈川県大和市の普通小・中学校に通う障害のある3人の子どもが、学校で食事をきちんととることができない、という事態が起きています。
 大和市内の小学校1年生のU君とS君、中学1年生のG君は肢体不自由児で、フードプロセッサやミキサーを使って食べやすくした食事が必要です。U君は第1松風園で4年間ミキサー食が給食でした。S君は若草保育園で、ミキサー食を含めて食べる機能に合わせた給食を5年近く食べてきました。G君は西鶴間小で、6年生の9月まで先生や介助員がフードプロセッサで食べやすくした給食を食べていました。3人の子どもたちは、それぞれの通園・通学先で食べやすい姿勢・食形態・食具・介助法などの必要な支援を得て、みんなと一緒に信頼できる保育者・教職員の介助で、給食を食べてきました。
 しかし、昨年9月、教育委員会指導室は、G君が西鶴間小でフードプロセッサを使うのを中止させました。そしてこの4月から、「通園施設・保育園・西鶴間小が行っていた配慮や工夫」は、一転して「子ども自身とその家族が解決すべき問題」とされたままとなっています。6月には教育委員長・教育長に、子どもたちが学校給食を食べられるように要望書を提出しましたが「できない」との回答でした。それ以外にもさまざまな話し合い等の取り組みを行ってきましたが、全く埒が挙がりませんでした。そうした配慮が必要であれば、特別支援学校に通うべき、という態度で一貫しています。」

 このように学校給食において「合理的配慮」に基づき社会が支援すべき問題を、家族に投げ返すような事態は、権利条約違反が疑われる事例である。

 同じような事例では、094月に奈良県下市町の脳性マヒで車いすの谷口明花さん(12)と両親が、下市中学に進学を希望したところ、町教委がスロープなどバリアフリー環境にないことを理由に入学を拒否、明花さんたちは入学を認めるよう提訴した事例がある。奈良地裁は09626日、町教委などに入学許可を仮に義務づける決定を出した。町教委は仮入学を認める一方、大阪高裁に即時抗告したが、716日にはこれを撤回して正式に入学許可を出し、明花さん側も21日、訴えを取り下げている。奈良地裁(一谷好文裁判長)の決定は、健常者と障害者との共同学習の推進などをうたった衆参両院の付帯決議などを引用した上で、町教委の入学拒否について「慎重に判断したとは認めがたく、著しく妥当性を欠き、裁量権の逸脱または乱用したものとして違法」としている(朝日新聞など、626日)。

 

(3)間接差別という考え方の導入

なおこの第二条では、間接差別についても差別の類型として挙げていると考えられる。すなわち、「他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする目的又は効果を有するものをいう」としている点である。この規定で「効果を有するもの」とは、障害者を直接に差別することを目的とはしないが、客観的でニュートラルな条件を付すことで、結果として障害者に不利益をもたらすような措置も又、差別なのである。これを「間接差別」という。

この「間接差別」の禁止は既に男女雇用機会均等法(改正後の正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」)に織り込まれている。同法の2006年改正では第7条(実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置)として、具体例を施行規則で規定している。同省のホームページにあるQ&Aにも次のように紹介されている。

 

<総合職の募集・採用において転居を伴う転勤に応じることを要件とすることについて(間接差別)>

問   総合職に応募したところ、転居を伴う転勤に応じられることが応募の条件だと説明されました。しかしこの会社は、転居を必要とするような広域の支店はなく、本当にそうした転勤が必要とは思えないのですが、これは均等法違反ではないでしょうか。

答   コース別雇用管理制度を導入している会社が、いわゆる総合職の募集・採用に当たって、転居を伴う転勤に応じることができることを要件とする場合、業務の遂行上特に必要であるといったような合理的な理由がなければ、均等法違反となります。

ご質問のように、広域にわたり展開する支店、支社等がなく、かつ支店・支社等を広域にわたり展開する計画等もない場合には、合理的理由がないとみなされます。

 

(4)障害者の自由権と社会権を統合した人権宣であること

 もうひとつ重要なことは、この条約が障害者を政策の対象から、障害者を生きる主体として位置づけ直し、その障害者の自由権と社会権を統合して宣言している点である。この人権宣言は、障害のない人が享有している権利を、平等に受けられるようにという視点で組み立てられている。そのことは第1条の目的に示されているほか、前文でも繰り返し指摘されている。この点は、千葉県条例がその第3条で、「すべての障害のある人は、障害を理由として差別を受けず、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしく、地域で暮らす権利を有する」としているのは適切であると考えられる。

 

おわりに 地方自治体が取り組むべきこと

 障害者制度改革の議論は始まったばかりであるが、権利条約を踏まえればその方向は見えてきたも言える。一方で、先の通常国会では「障害者制度改革推進会議」とは全く別個のところから「障害者自立支援法改正案」が議員立法で国会に上程され、民主党も参加して衆議院を通過、参議院でも委員会を通過するという事態が起きた。この改正案は、障害者抜きで提案され、障害者の審議への参加もないまま手続きが進行したもので、多くの障害者団体が廃案を訴えて国会への要請行動などを展開した。結果的には、この改正案は参議院本会議が開かれないまま閉会したため廃案となった。政府と政権与党はこのようなことが再度起きないよう、改めて障害者の権利条約の理念を徹底することが求められている。

 自治体の課題としては、第一に、権利条約の内容を広く地域の住民、企業に徹底することが求められる。内閣府の「障害者に関する世論調査」(平成192月調査)では、障害者の権利条約について知らない人が78.7%、合理的配慮をしないことが差別だと思わない人が36.0%となっている。この状況を改善していくことがまず必要である。

 第二に、自治体の施策の形成過程への障害者の参加を一層推進したい。障害者計画策定への参加度を高めることはもちろん、総合計画や地域福祉計画、まちづくり委員会などへの障害者の参加をすすめることが求められる。

 第三には、地域の障害者雇用の状況を把握し、ハローワークなどと連携して雇用・就労施策の展開を期待したい。なお自治体の機関における障害者雇用率(現在は2.1%)の引き上げなども独自に検討すべきである。

 第四には、教育分野での統合教育の維持や推進、合理的配慮の拡充と定着を進めたい。

 第五には、千葉県、北海道などに続いてさらに踏み込んだ障害者の権利条例、障害者差別禁止条例を制定し、その推進を通じた「障害があってもなくても豊に暮らせる地域づくり」の構築にすすみたい。

 第六には、自治体の仕事の請負契約や指定管理者の指定などにおいて、より広く総合評価制度を採用し、応募・応札企業に障害者雇用率の達成を条件とするなどの改革が必要である。また施設等の管理運営に積極的に障害者団体等の参画を広げていきたい。

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