TOPPAGE福祉政策書評「イギリスの福祉行財政」

書評:山本隆著『イギリスの福祉行財政――政府間関係の視点』法律文化社、20035

                        奈良女子大学名誉教授 澤井 勝

                                  『日本地方財政学会年報 2005年度』所収。

                                

  本書は、主として1960年代から1990年代のイギリスの福祉施策の改革過程を、政府間関係の変容の視点から分析した労作である。特色はいくつもある。まず浩瀚な文献渉猟とともに、ロンドンの二つの地区を三回にわたって実態調査を行っていることがあげられる。

このことによって我々は、中央政府が保守党政権から労働党政権に変遷するもとで、イギリスの自治体レベルでの行財政がどう変わってきたか、その変化を福祉行政の面からビビットに見ることができる。

また、この時期、特に1980年代以降にイギリスの政府機構は激変したわけだが、そのことを通じて、同時に世界的に行財政改革の波が広がっていった。この行財政改革は、現在はいわゆるニューパブリックマネジメント(NPM)理論として整理されているものだが、本書の研究過程は同時にそのNPM理論が政策的に形成され、修正される過程を追体験する過程となっているといってもよい。このためNPM的な手法のメリットとともにデメリットもさまざまな側面で多く指摘されているから、同じように「行政への企業経営的手法の導入」と「市場原理の導入」の流れの中にあるわが国の行財政改革を見る者として、その経験を検証するための貴重な視点や論点を手にすることができる。

またわが国における地域福祉計画の推進や介護保険制度の制度設計などを比較検証するひとつのモデルとしてイギリスがあるが、そのイギリスにおける福祉改革の考え方と経過が、NPMの考え方が強いもとでワークする具体例をも見ることができる。すなわち、たとえば1990年、保守党によって導入された「コミュニティケア改革」の推移とその変化を、政府間関係の変容の過程として追体験することにもなる。それは社会福祉における「財源の配分」、「政府間の権限の配分と調整」、そして「職員のあり方」という三つの側面から行われている。特に自治体サービスの民営化を進めるための「購入主体と供給主体の分離」(purchaser-provider split) と自治体の「条件整備機関」(enabling authority)への転換について、その具体的状況と問題点を知ることができるのである。

 

主な内容を目次で紹介しておこう。

序章、1、福祉国家と行財政、2、政府間関係の分析枠組み、3、福祉国家とニューパブリックマネージメント、4、財政から見た政府間関係、5、公共支出のコントロール――大蔵省支配と地方の自立性の危機、6、本研究の分析枠組み。第1章 社会政策前史――高齢者福祉を中心にした政府間関係、1、救貧法からベヴァリッジ体制における政府間関係、2、地方政府と自治体サービスの歴史的概観、第2章 1960年代の社会福祉における政府間行財政関係の検証、1、1960年代における福祉財政、2、1960年代における医療、福祉の計画化、3、福祉計画の試み、4、シーボーム報告、第3章 1970年代における社会福祉の政府間行財政関係の検証、1、公共支出の拡大と見直し、2、地方自治体対人社会サービスにおける政府間財政関係、3、1972年地方自治体法と自治体再編成、第4章 1970年代おける社会福祉計画の考察、1、「対人社会サービス10カ年計画」の要請、2、「3カ年計画の要請」、第5章 1980年代の社会福祉計画の考察、1、福祉国家路線の否定と公共支出の削減、2、サッチャー時代の中央地方関係、3、地方支出の抑制と対人社会サービス、第6章 1980年代におけるイギリス民営化政策と社会福祉行政の変貌、1、民間営利部門の拡大と施設費の増大、2、支出抑制と自治体社会福祉行政の合理化、3、ニューマネジリアリズムと社会福祉行政の変貌、第7章 1990年代前半の社会福祉における政府間行財政関係の検証、1、1990年代前半の社会福祉における政府間行財政関係の動向、2、中央地方関係からみたコミュニティケア改革、3、コミュティケア改革の民間部門への影響、4、コミュニティケア計画の策定段階における社会的排除、5、ケマネジメントと資源制約をめぐる問題、第8章 1990年代後半における政府間行財政関係、1、労働党政権の福祉政策――新しい集権制の福祉政策、2、コミッショニングと公私関係の転換、3、質の保証、規制、検査と契約システム、第9章 地域事例研究:自治体高齢者福祉行財政の考察、1、ウェストミンスターのコミュニティケア改革(939500年)、2、キャムデンのコミュニティケア改革(939500年)、結論、地方自治体の条件整備の役割について、終章 本書の総括、1、集権主義の流れ、2、コミュニティケア改革とニューパブリックマネジメント、3、現業労働者の労働過程の変容をめぐる問題、展望、1、政府間関係のゆくえ、2、今後の自治体の形態、3、地方ガバナンスの展開、4、地方財政の自立をもとめて

 

さて、本書から汲み取ることができる幾つかの理論的な課題や、具体的なファクトファインディングについて、評者の関心の範囲で触れておきたい。

まずイギリスの集権制と分権との関係である。ブレア政権の福祉政策についての分析から一方でサッチャー・メージャー政権に対して、分権化を進めるとしている。すなわち保守党政権下での行き過ぎた集権化を是正し、強制競争入札(CCT)を廃止するとともに、地方自治体の権限強化と自立性を高める。特に、これまで政策評価のモデルとして、「顧客選択モデル」や「契約モデル」を掲げて改革が進められてきたが、これに「市民主導型モデル」を加え、パートナーシップの推進という観点から自治体改革が実施されている。ただし、保守党政権以上に、政府による自治体の政策誘導が強められているという点では集権制は強まっているともいう。すなわち、ベストバリュー政策として、「自治体業績計画」(Local Performance Plan)を策定することとなっている。そのために、各自治体は、独立した政府機関である監査委員会(audit commission)の策定する業績指標(Performance Indicator)などを参考に5年間の実施計画を策定することが求められる。その意味では集権制である。それを「国家の示す目標が設定され、そこから業績指標が打ち出されて、地方の業績が監視されている。ここからわかるのは、現在の政府間関係の特徴が形式上は分権であるものの、内実は強力な集権型という表層と深層の二層形態をとっていることである。」と指摘している(本書239頁)。このことは2000年の改正地方自治法によって、この目的を達成した「ビーコン自治体」には地方税率の引き上げを認めるといった報償が用意される一方で、この目標達成度が一定水準以下の自治体には、政府からの是正要求や勧告、そして機能停止まで認められる(加藤嘉明「急展開する労働党の分権改革」、自治・分権ジャーナリストの会『英国の地方分権改革』日本評論社、20009)

この二層形態という指摘は、イギリスの政府間関係の分析としては極めて重要な指摘であり、示唆に富むものだ。ただし、この「集権制」の意味をもう少し深めてみたい。というのは、現代のイギリス政治の場合、直接的な「命令と支配」というかたちでなはく、あくまで「目標管理」という自治体の「形式的な自立的選択」を生かした政策がとられているようであるので、「誘導型集権制」とでもいいたい。このことは、わが国介護保険における「参酌標準」など、国と地方との新しい関係とも類似しているかもしれないからである。

このことは次ぎの点からも注目したい。著者は第9章においてロンドンの隣り合う二つの自治体、すなわち保守党の強い人口20万人のウェストミンスターと労働党支配の人口19万人のキャムデンを対象に93年、95年、2000年と三回のヒアリング等の実地調査を行っている。この調査の小括において、この90年代の「コミュティケア改革」と、ベストバリュー改革への転換を通じて次のように述べられている(山本同書315頁)。

「ウェストミンスターおよびキャムデンともに財政負担を抑えながらサービスを拡充する手法として福祉ミックスの道を選んだのである。その違いを指摘すれば、ウェストミンスターでは管理運営は行政に、サービス供給は民間に任せるという分業体制が徹底されているという点で『市場指向型条件整備自治体(market-oriented enabling authority)』と位置付けられる。これに対し、キャムデンでは管理運営と専門的サービスは行政、ベストバリューの合理性にかなうものは民間という態勢をとっており、『コミュニティ指向型条件整備自治体(community-oriented authority)』に近い性格をもっているといえる。」

 すなわち、ロンドンの隣り合う自治体に於いても対照的な性格の「コミュニティケア」システムが推進されているわけである。このように自治分権型の自治体が、分権と集権の二層形態の下で成立しており、それは政府の政策の範囲内にあるといえる。このような自治体と政府との関係を、わが国との比較でどう類型化するかがひとつの課題かもしれない。

 

 また「NPMの導入の類型」という視点をポリット(Pollitt,C)等に依拠しながら整理している点がこれからの議論に有益である。この類型化は、社会福祉分野ではノーマン・ジョンソン等を援用して補強されている。第一は、規制緩和と合理化によって官僚システムを軽量化し(downsize)財政の緊縮を図るかなり保守的なドイツや欧州委員会。第二は成果や業績による予算システムへの接近、評価システムの重視、地方分権と権限委譲などによる行政システムの抜本的な改革という現代化(modernisation)を推進するカナダ、スエーデン、フィンランド、オランダ。第三は、現代化政策を進めるとともに、より積極的に市場化政策をとるオーストラリア、ニュージーランド、イギリス。「準市場」を育成し、大規模な業務の民間への委託、市場化テストの活用、公務員への能力給導入などを特徴とする。第四は、最小国家を目指すパターンで、サッチャー政権の後期、ニュージーランドの国民党政権、96年のオーストラリアの自由党などだが、現在は該当する国はないという。

 これからはこのような市場原理の浸透度による国家の類型化が、階層化や地域社会のあり方などから各国の政策選択を研究するための重要なツールとなるにちがいない。エスピン・アンデルセンの福祉国家の類型化とならんで検討されることが期待される。

 こういった観点からも、地域コミュニティの存在形態がロンドンとは異なると思われる他の自治体における調査が望まれる。特に終章344頁以下で述べられている、今後の地方自治体の形態として、近隣住区委員会(neighbourhood committee)への分権化 を伴なう、「コミュニティ指向型条件整備者」への指向性が望ましいとすれば、そのことが「新集権主義」との関係でどう位置付けられていくかという論点が見逃せない。

 このことは同時に、サービス供給主体としての民間が、多くボランタリー祖組織に依存していると思われるが、その際のボランタリーセクターの具体的な働きと運営、そしてそこにおける地域社会を形成する機能について、より明確に整理していく必要があると思われる。特に、「エイジ・コンサーン」や「オックスファム」などの大きな組織の姿を、できれば利用者の視点から描けないであろうか。

 

 もうひとつ興味を引かれたのは、「市場化」や「契約化」に伴なうソーシャルワーカーの専門職としての機能の変化や、ホームヘルパーの労働条件の変化である。ホームヘルパーについて言えば、本書248頁以下に紹介されている英国在宅ケア協会が2000年に行った調査では、インディペンデント部門(企業等)の在宅ケアワーカーの離職率は26%と高く、この離職率はわが国の場合と近い。(財)介護労働安定センターの03年を対象とした調査では、21%となっている。そのうちでも登録型ヘルパーは一年未満で46%が離職している。女性のパートが主体で質が一定ではないという点でもこの間の急速な民営への移行が同じような搾取的な状況を生んでいることが看取され、興味深い。この点は、労働組合の新しい課題を示しているのかも知れない。

 最後に付け加えれば、「準市場」という考え方についてである。「準市場(quasi market)」とは、「国による財源調達」、「専門家による購入プログラムの策定」、「利潤追求が市場参加者の唯一の活動基準とはならない」という特徴をもつとされている(本書326頁)。わが国で言えば、医療保険や介護保険の世界である。このような「準市場」は、80年代以降の行政活動への市場原理の導入によって改めてその存在が明確に定義されるようになったものである。問題は、このように形成された「準市場」を、政府機構と行政活動における「民主主義」の追及と、どう両立させていくかというところにある。この点をさらに検討していくことがこれからの課題のひとつではないかと思われるのである。

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