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分権と自治の介護保険制度   

              奈良女子大学名誉教授 澤井勝

                   

     (初出:大阪市政調査会『市政研究』2008年冬、158号。なおこの号では介護 保険制度の見直し特集で、石毛えい子『介護保険と市民参加』、玄場絢子『介護労働の視点から介護保険を考える』、水野博達『深刻な介護労働力の欠乏』、北川憲司『滋賀の地域の取り組みから介護保険制度を考える』のラインナップとなっている。また45周年のシンポジウム特集で、宮本太郎北大教授の講演『セイフティーネットを作り直す 脱格差社会への公共サービス』、それに同氏と上野谷加代子、ありむら潜、住友剛、福原宏幸のパネルディスカションを載せている。)


介護保険制度8年目

 2000年度に介護保険制度が動き始めて今年、2007年で足かけ8年になる。この間に各市町村は3回にわたって「介護保険事業計画・老人保健福祉計画」を策定し、65歳以上の第1号被保険者の保険料を改定してきた。例えば介護予防事業や在宅介護支援センターを活用した地域包括支援センター運営で、全国のモデル都市ともされる東京都稲城市では、発足当初は3000円、2回目が3300円、今回が4400円となった。このように保険料が大きく引き上げられたこともあって、今年9月から「介護支援ボランティア」にポイントをつけ、それを現金化する「介護支援ボランティア」を始めている。(原案の特区制度案では保険料から控除する案だった。)

また2005年には、「介護予防事業の導入」を柱とする介護保険法の大きな改正が行われ、要支援者の範囲を拡大している。これも含め、20064月からは、それまでの在宅介護支援センターを地域包括支援センターに転換するなど、「持続可能な介護保険制度(財政破綻を回避するための)」に向けた仕組みが現場の混乱を伴いながら施行されている。そして2回にわたって介護保険事業者の受け取る介護報酬の引き下げが行われた。このために軽度者を中心としてきた意欲的な事業者が苦境に立たされるなど、介護事業者の経営事情は切迫している。急速な事業拡大とこのような制度の手直しのはざ間でグッドウィルの悪質な事業偽装が明らかになったコムスン事件は、民間事業者と介護保険事業者としての市町村、府県との間の問題(介護保険事業適正化計画による事業統制にともなう運用通達の乱発と裁量的運用の問題)も明らかにした。

この介護保険制度は、発足当初には「分権改革の試金石」とも言われ、「介護の社会化」の基盤として期待された。介護地獄にあえぐ家族を支えながら、介護を要する高齢者の自立と尊厳ある生と死をサポートすることが期待された。また福祉の現場で働くヘルパーなどにも、新しい生きがいのある働く場を確保する展望が開かれたものと考えられた。このような期待に応えるものとしてこの制度は育っているだろうか。

 

日常化した介護の風景

 おそらく介護保険制度は、比喩的に言えば70%はうまくワークしているといっても良い。多くの施設と地域ケアの拠点が整備され、優れた実践例も広がってきた。その中でも、「このゆびとーまれ」から始まる富山県の「小規模多機能」なホームで、障害者も子どもも高齢者も一緒に暮らす方式などは、これからの地域福祉の希望である。この「富山型」の地域ケアも介護保険によって財政的に支えられている面が強い。

また優れたネットワーカーであるケアマネージャーの奮闘で、処遇困難ケースを多職種のチームプレーで解決する実践例も積みかさねられてきた。なにより、街中でデイサービスの送迎車や訪問介護、訪問看護の車が走り、駐停車しているのが日常風景の中に溶け込んでいる。

最近も奈良県内で生活協同組合が経営する特別養護老人ホームを訪ねて、ユニットケアの非常に良い事例を見ることができた。スタッフはみな私服で、利用者と同じテーブルで会話をし、冗談がとびかって笑い声が絶えない。庭には野菜や花々が利用者の手で栽培され、管理されている。常設の所内喫茶店がボランティアの手で開かれている。そこには地域の人々もお客として出入りし、コーヒーでくつろぐ。施設とは言いながら、そこには生活の場、地域交流の場としての色が濃い。

そのようにして、介護保険制度は高齢者とその家族の日常生活の基盤として成長してきた、ということは認めておく必要がある。

 

制度改正で自立支援の理念が失われる

 しかしこの数年、様々な問題点も明らかになってきた。以下に順不同でそれらの問題点を挙げてみよう。

 第一には、介護を要する高齢者が「自立した日常生活」が送れるよう、介護や保健サービスを提供する、という「自立支援」の理念が失われてきている。そして「自立支援」に不可欠な「利用者の選択」という理念も怪しくなってきている。

端的な例としては、今度の介護保険法の改正で「要介護度1」の人は、その多くが「要支援1」または「要支援2」に変更された。その結果、それまで受けていた通所のデイサービスや訪問介護の回数を減らされる、介護タクシーが使えない、というサービス給付の制限を受けることとなった。これは「利用者の選択権の保障」をないがしろにする問題である。利用者が必要とすると考えるサービスを切り捨てたまましているのは、制度の趣旨を捻じ曲げるものだ。

東京都渋谷区では、今年度からこのようにサービスを切り下げられた場合、区の一般財源で(介護保険ではなく)デイサービスや1時間半以上の訪問介護を追加できるようにし、来年度からは、従来の利用者ばかりではなく新規の場合も、必要なサービスは給付できるようにするとしている。これはあくまで「自立支援」の観点からである。生活上のこまごまとした支えとなる適切なサービスを、介護保険以外の財源から提供することによって、生活の自立を支援し、要介護状態になることを予防するのである。これが介護予防の王道である。介護予防とは、要介護状態に陥ることを防ぐことで、介護保険財政の負担を軽減するところに主なねらいがある。

(これは一般財源によるサービスの追加だけではなく、シルバー人材センターの提供するサービスや社会福祉協議会やNPOのボランティアによる庭の掃除や雨どいの修理、重い家具の移動の支援など市民の助け合いの仕組みを活用したケアプランを作成し推進している場合でも同じ効果が期待できる。)

 ところが多くの市町村では、このように積極的に介護予防に一般財源を投入することが行われていない。「過剰なサービス利用を抑制して自立を促す」などという理屈で、介護用具の給付を制限したり、サービス量を行政の裁量でカットしたりという事例が後を絶たない。これは介護保険法違反である。元凶は「介護保険適正化事業」による府県の「指導」であり、それを強制する厚労省の「指導」である。これの背景には、また「持続可能な介護保険」という財政緊縮政策がある。

 

集権的な法運用上の問題

ここでも主たる問題のひとつとして、自治体に様々な通達で縛りをかける厚生労働省の「反分権的、集権的な指導」にある。これら市町村に対する国や府県の「通達や指導」は、地方自治法第245条以下の(国の関与)の類型にはない関与である。しいて言えば、地方自治法245条の4に規定されている「技術的助言」である。厚労省に問えば、「技術的助言」というにちがいない。しかし、この「通達」にしたがわなければ交付金や補助金の削減があるかもしれない、という恐れから「指導」が生かされているのが実態だろう。

それに「介護保険事業適正化事業」にともない、介護報酬についての裁量的な「有権的解釈」が法的根拠もあいまいなまま行われている。ある府県では「不適正請求の遡っての返還請求」事件が多発し、事業者がシュリンクする状態となっている。このため、事業者のケマネージャーも経営者も、もっぱら府県の担当者の顔をうかがい、利用者サイドに立ちにくい状況が生まれている。

 

分権を望まない市町村から独自事業を展開する自治体に

 しかし、これらの「技術的助言」がその則を超えて、「指導」として効力を持っているのは、多くの市町村側にそれら「技術的助言」を「指導」として仰ぎ、それに忠実に従おうとする「官僚主義」が根強いからである。これらの「官僚主義」は自治体担当者の自己保身でもある。国や県の「指導」に従ったといえば、責任を回避できると思っているからである。創設時と代わった担当者は多かれ少なかれ自ら新しい施策を作り、介護保険の法的理念を実現しようと、財政当局とやりあうことには積極的ではない。そもそも「自立支援の理念」を自らのミッションとすることとは無縁な担当者が来ている場合が多いのも影響している。

 061月まで千葉県我孫子市の市長だった福嶋宏彦さんは、8月のワーカーズ・コープ事業団のセミナーで次のように言っている。「介護保険はもっと徹底的に地方分権を進めていくべきだ。」「自治体が本気で『自分たちが責任を持って市民と一緒にやっていこう』と思ったら、地方分権を進めるしかない。具体的な制度設計や運用を自治体が決められるようになったときに初めて、市民と自治体が主体になれる」と述べている(『介護保険情報』20079月号)。「市民事業者を一生懸命育ててきたので、市内では大手事業者がほとんど見当たらない」とも言う。ちなみに我孫子市は介護保険のスタート時に、認知症の高齢者の要介護認定で独自基準を設け、最終的に厚労省に認めさせている。

 制度的に縛られ、介護報酬の改定に振り回される中で、厚生労働省のいいなりにならなかったところが「介護保険事業のモデル」になる例が多い。中央の言うことは(尊重しながら)聞き流して、「わが道を行く」自治体がこれからは強い。さきほどの渋谷区や稲城市もそうだが、埼玉県和光市は介護予防で厚生労働省のはるか先を行く。2001年度から市単独で介護予防スクーリングを被保険者全員を対象に実施し、ほぼ98%の健康状態を掌握している。それを基盤に介護予防プログラムの構築を可能にした。合わせて、在宅での自立生活を可能にする独自サービス(食の自立支援事業と配食サービス、閉じこもり予防事業、ヘルス喫茶サロンなど)を、全国一の多様さで推進してきた。他職種による「コミュニティケア会議」を早くから立ち上げ、従事者や担当者のスキルアップにも力を入れている。

繰り返すが、中央の支持を待ち、それに従うことを選択する市町村には明日はないと思わなければならない。自らの事業計画の策定にあたっては、介護保険事業と一般事業とを「自立支援」の理念の下に統合し、そのまちの特性に応じた、シームレスにつなげたものとすることが必要である。

 

低賃金で人材流出、そして“介護崩壊”

 つぎに、すぐれた専門性をもった専門職が育たない介護報酬の問題がある。特にヘルパーの人材がその低賃金のために育たない。ヘルパー講習会を受けた2級ヘルパーも、登録ヘルパーとしての流動的な人事施策のために定着しない。介護福祉士の資格をとっても、経験年数が反映しない給与水準と昇給システムの欠如のために経験をつんだ介護福祉士ほど、将来に見切りをつけて他の職場に流出する。志をもって入ってきた職場だが、志だけでは食って行けないのである。厚生労働省のほうでも検討会を立ち上げているが、この低い賃金とボランタリーな労働に依存するという介護保険制度の歪みは、もう放置することができないところにまで到達している。(なお、医師や看護師不足の問題も重なる)。

 この低い賃金水準は、介護保険発足時の介護報酬の組み立て方に問題があった。それは当時のパートのヘルパーの時給水準で介護報酬が規定されたと思われるからである。そのために、現在でも、新聞広告に出るヘルパー募集は京都市内で時給850円とマクドナルドの学生アルバイトと同じ水準でしかない。介護報酬に反映しない移動時間や、見守り、買い物の動向などを勘案すると、地域最低賃金をクリアするかどうかあやしい水準である。

 連合の日本介護クラフトユニオンが4月に行った調査によると、訪問介護の時給制労働者については、身体介護の時給で最も多かったのは1100円〜1150円で14.3%。生活援助では900円〜950円が最も多く34.9%だった。

 政府の社会保障審議会福祉部会で了承された「社会福祉事業に従事する者の確保を図るための措置に関する基本的な指針」(200781日)によると、社会福祉事業の従事者の特徴として次のように述べている。

@       女性の占める割合が高く、介護保険サービスにおいては、平成16年の実績で約8割を占める。

A       非常勤職員の占める割合が近年増加してきており、介護保険サービスにおいては、平成17年の実績で4割、このうち訪問介護サービスでは非常勤職員が8割を占めていること。

B       入職率及び離職率が高く、平成16年における介護保険サービスに従事する介護職員の数に対するその後1年の採用者数の割合は約28%、離職者数は約20%であること。

C       給与の水準は、業務内容や勤続年数等を勘案して、経営者と従事者との間で契約で決められるものであり、一律の比較は困難だが、例えば平成17年においては、従事者の平均給与を他の分野の全労働者の給与平均と比較すると、低い水準にあること。

このように非正規労働者の割合が高くなり、その結果としての低水準の給与が是正されないのは、介護保険制度が民間の介護サービス事業者を活用し育てるために、事業者に対する規制がゆるいことからも生じている。

 このような低賃金のパートのヘルパーに頼る経営のしわ寄せは、まず働く介護労働者にゆく。そして慢性的な人手不足の現場では、十分にゆとりをもって利用者と接することができず、拘束や虐待の温床をつくることになる。コムスンの事件は、背後にこの人材不足の慢性化があることは明確で、どの事業者でも「不適正な報酬請求」事件に巻き込まれるような状況である。

 

自立支援と人材確保には財源確保

 ところで、介護保険財政は次のように推移してきた。第一表によると、介護保険の財政規模は初年度の38537億円、翌年度に46882億円となり、その後も毎年延びて、2008年度の概算要求では68363億円になっている。この08年度の概算要求では、65歳以上の第一号被保険者の保険料が12989億円、第二号被保険者からの支払い基金交付金が21193億円、この両者の保険料で69千億円の50%を賄う。

残りの50%が税で支えられている。まず国庫支出金15382億円、府県の支出金が1254億円、市町村が自らの財布から8545億円。これらは全て税金である。すなわち、保険料で2分の一、税で2分の一というのが原則である。

以上の自治体単独事業としての「自立支援事業」の再構築の財源は、渋谷区のように自主財源が豊富な団体はそれなりの工夫の余地がある。また他の団体でも、行財政改革によって自立支援の財源を生み出すことは、担当者と財政当局との折衝と、なにより市町村長のリーダーシップによっては可能である。渋谷区の場合でも2千万円程度で済むようである。また、市民のボランティアや、NPO事業であればそれほどの財政負担とはならない。市単独の自立支援事業はそれほどの額とはならないのである。前に触れた、稲城市の「介護支援ボランティア制度」の場合は、事業の立ち上げに職員の人件費の他は「トータルで2万円もかかっていません」と石田光広稲城市高齢福祉課長は言っている。(『介護保険情報』200711月号。)

 

交付税措置による自立支援

なおその上で次のような財政措置および、事業者などに対する指導、監査の強化、そして雇用労働環境の制度整備が求められる。

自立生活支援のための普遍的財源保障として交付税等による財源保障を行う。地方六団体は地方交付税の5兆円の復元を求めているが、このうち2000億円程度については「生活自立支援枠」(地域再生支援枠のように)として基準財政需要額に算入する。このことで交付税額の増額を図る。当面、一団体1億円程度の交付税増を目指す(以前の「ふるさと一億円」)と似ている。この「支援枠」を障害者自立支援、母子家庭自立支援、野宿者自立支援なども包括するものとして、設計すると4000億円程度の規模で検討する必要がある。不交付団体には別途譲与税的なものを考えても良い。

 

給与水準の引き上げ

福祉職の給与水準の改善のためには第一に、介護保険の歳入を1兆円程度拡充し、介護報酬をそれに見合うだけ引き上げることが必要である。この1兆円は現在の財源負担ルールに従うと、国が2500億円、都道府県と市町村が1250億円ずつ、一号被保険者が1900億円、2号被保険者が3100億円の負担増となる。2008年度ベースにすると市町村の介護保険会計は78千億円の規模に拡充することになる。

これがそのまま福祉職の給与水準に反映するとして、連合調査に依拠すると時給は身体介護で1257円程度、8時間労働で一日156円、22日稼動で月額22万円程度に改善する計算である。

ただし、この財源負担のルールとは別に、介護保険の基盤となる人件費の設計にミスがあるのであるから、それは政府の責任において財源補填をすべきだという考え方も成立する。その場合は国が5千億円、都道府県と市町村が2500億円ずつとなる。国の財源は、社会保障財源としての消費税の一部、または親の世代への稼動層からの支援の一環として、道路目的財源の一部を充当する。都道府県と市町村については、地方交付税の基準財政需要額に所要財源を算入することとする。
 これに加えて第二に、福祉産業に産業別地域別の最低賃金制度を導入するべきである職種職階別の最低賃金をパートなど非正規雇用にも拡充し、同一価値労働同一賃金を目指す。

そして第三に、事業者に決算期ごとに経費のうちの人件費比率を公表することを義務付ける。新しい事業展開のための剰余の積み立ては認めるが、その比率と合わせて公表を行うこととする。昇給制度を含む給与体系を毎年、従業員に明示する。

 

ところで、日本政府はフィリピン政府とEPA(経済連携協定)を結んだが、これに基づいて介護師および介護士を1000名受け入れることが決まった。ただそのためには国家試験に合格しなければならず、ハードルは高い。このため東京都は来年度、100人を受け入れて受験や研修の支援をする。外国人労働者の受け入れは、労働力人口が減ることと、アジア地域連携の点から避けられないかもしれない。ただしその場合にも、低賃金労働者の吹き溜まりにならないよう、「同一価値労働同一賃金」の原則の確立と、低賃金水準の改善が不可欠である。
 なお071128日の参議院本会議で、社会福祉士・介護福祉士法改正案が自民・公明・民主3党の賛成で可決、成立した。フィリピン人の介護福祉士を受け入れるために「准介護福祉士」という無試験の資格を創設する。低賃金の介護福祉士にさらに低い給与の層をつくることになり、いわば二重構造をかかえこむことなる。5年後の見直しを行う付則がつけられたが、准介護福祉士からの速やかなキャリアアップを保障するための研修システムなどの整備など支援制度の構築が必要である。

おわりに

 この他の問題点としては、介護の現場で「自立支援の介護」の方法論が確立していないこと、そのために「介護の専門性」が形成さていない、という点が指摘されている(竹内孝仁国際医療福祉大学院)。また施設における拘束ゼロ作戦の進行が止まっていることも介護現場の労働条件の悪化に一因があるとの指摘もある。総じて言えば次の指摘は的を得ていると言えよう。「骨太方針2006」の延長上には、介護に明日はないのである。「骨太方針2006の内容に沿って闇雲に5年間を突っ走った後に残るのは、ズタズタになった瀕死の社会保障であり、人々が一体感を感じられない、バラバで殺伐とした社会であろう。そうなってしまった社会保障や社会を立て直すのには膨大なエネルギーとコストが必要なことを想像できないほど、我が国の政策担当者の視野は狭くなっているのだろうか。」(堤修三阪大大学院人間学科学研究科教授、元厚労省介護保険制度実施推進本部事務局長、老健局長、『介護保険情報』200710月号)。

 もうひとつ、「マイケアプラン」を策定する取り組みをもっと広範に進めることが、市民のケア力を向上させ、その発言力を強める一つの道である。介護保険法では、市民が自らケアプランを作ることが、いわば前提となっている。(介護保険法第41条第6項に基づく施行規則第64条のハによる。)しかし、現実の市民には専門的知識や情報が不足しているため、ケマネージャーという専門家にケアプラン作成を依頼することになる。しかし、現在の介護保険は、「専門家」による利用者の収奪と支配に陥っているのではないか。専門家が何かを決めるのではなく、あるいは何かを専門家に決めてもらうのではなく、私たち利用者とその家族が協働して、自らの介護計画を作るという減点にもどらなければならない。「当事者主体」の原理は、高齢者介護の世界においても改めて構築する必要がある。「専門家」はそのときに役立つ有能な支援者として再度位置づけなおしていくべきである。よき専門家と行政の支援のもと、自らが自らのケアの方針を決め、それに従ってケアが行われるとき、そこに「市民」が生まれると考えたい。

 

参照 中西正司・上野千鶴子『当事者主権』岩波新書、2003年。

   月刊誌『介護保険情報』社会保険研究所。

   松本英昭『要説地方自治法』ぎょうせい、第5次改訂版、2007年。

   三好春樹『介護タブー集』講談社、2006年。

   落合恵美子『21世紀家族へ(第3版)』ゆうひかく選書、2006年。

   全国マイケアプラン・ネットワーク http//www.mycareplan-net.com

      京都発マイケアプラン研究会 http://homepage3.nifty.com/mycare/

 

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