抑制廃止宣言と市町村
初出:自治日報00年4月
手元に一本のビデオがある。99年の11月に放映されたNHKスペシャル『縛られない老後 ある介護病棟の記録』である。
福岡県の正信会水戸病院など10の病院が、98年の10月に行った「抑制廃止福岡宣言」の後、試行錯誤を続ける現場の映像が克明に記録されている(放映時には55病院に拡大)。
「抑制」とは、患者(特に痴呆の症状をもつ高齢者)を、看護や保護の必要から徘徊しないようベットに抑制帯などで縛る。点滴を外さないように手首をベッドの枠に縛りつける。転落防止のために車いすにバンドで固定する、あるいはテーブルをつけて立ち上がれないようにする。おむつを外さないように鍵つきの上下つなぎの抑制用のパジャマを着せる、などの「身体的拘束」のことである。
86年からこのように縛ることをやめた東京都八王子市の上川病院の吉岡医師は、縛りつづけることによって筋肉の萎縮と心肺機能の低下、そして心理的ダメージから死に致ると強く指摘している。抑制することで痴呆が悪化することも知られている。
福岡宣言とは次の項目である。
1 縛る、抑制をやめることを決意し、実行する。
2 抑制とは何かを考える。
3 継続するために、院内を公開する。
4 抑制を限りなくゼロに近づける
5 抑制廃止運動を全国に広げていく
このような抑制は、現在でも多くの医療機関と福祉施設で多かれ少なかれ行われている。しかも、される側の人権を無視することで、自尊心への決定的ダメージを与えることを考えることなく、むしろ患者や入所者の安全を確保するためにという理由から無自覚に行われているところに事態の根深さがある。確かに徘徊の末に転んで転倒し、大腿部骨折などでそのまま寝たきりになる事例もある。外に出て交通事故に巻き込まれる心配もわかる。そのために家族が抑制することを希望する場合もある。そして介護現場の人手不足のもとで抑制したい現場の空気は切実なものがあることも理解できる。
しかし、抑制の持つ利用者本人に対するダメージは、介護する側の都合と思いこみによる「安全性の確保」と比較にならないほど大きく、それが絶望したままでの死を早めたり、自分らしく生きようとする反抗や抵抗によって介護や看護の困難さを倍加していることも、明らかになってきた。介護されるもの、介護するもの双方のこの地獄を克服し、安らかで自足した人間らしい生活を実現するための「福岡宣言」であった。
映像の中に出てくるが、現場の工夫によって抑制をやめ続けて三ヶ月、患者さん達の表情が生き生きと明るくなり、挨拶ができ、普通の会話が復活する。おむつを外せるようになる人も出てくる。つまり人格が戻ってきて普通の生活が可能になる状況が活写されている。そして、働く側も新しい働き甲斐を見つけ、病棟全体にあたたかな雰囲気がかもし出される。
水戸病院の場合、さらに次のことを付け加えている。「言葉による抑制廃止/「だめです」「いけません」という前に話し合いましょう/命令言葉(口調)、強制言葉はやめましょう」
この実践は、介護保険制度のあり方にも大きな影響を与えた。99年3月31日の厚生省令、「介護老人福祉施設(等)の運営に関する基準」では、「(事業者は)サービスの提供にあたっては、当該入所者又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない」として、「抑制」を原則的に禁止する規定を設けている。
これは福岡宣言の全国化を図ったものに他ならない。このように介護保険制度のもとにおいては、抑制は原則的に禁止され、抑制を常態とする施設などは指定事業者の資格を失う。
しかし、抑制が行われているか、その施設のサービスの内容はどうかをだれが見るのであろうか。利用者の権利を擁護し、生命の安全と生活の復権を支える責任の大きな部分が保険者である市町村にあることは、自明であろう。
事業者を告発するのではない。すぐれた事業者や専門家を地域で育てるために、オンブズマン制度(それに伴う立ち入り調査など)の確立や、介護保険法23条の質問権の活用と、利用者の相談窓口の一層の充実などとともに、事業者や専門家(とその卵たち)と協働しながらその自律的活動を支援することが、市町村の責務でもある。