地域ケア研究会           初出:自治日報  2001/10/05

 この9月に、大阪府の財政再建計画である「大阪府行財政計画(案)」が公表され、ウェブサイト上などでのパブリック・コメントを得た上で「計画」となった。その中心的なコンセプトとして、「日本一スリムな組織」とともに、「NPOと府民との協働」が掲げられている。

この「協働」という考え方は、改定作業が進む各自治体の新しい総合計画の中心となりつつある。私も関わって今年の6月に策定された枚方市の基本構想、総合計画でも、「行政と市民と事業者のパートナーシップの構築」こそが、計画の基盤でもあり、その実施過程を推進する主要な手段でもあると位置付けられている。

ところで、このような「行政と市民との協働、パートナーシップの確立」、言い換えれば「市民と行政、専門家との連携」は如何にして可能になるのだろうか。多くの場合、「その言やよし、しかし実態がともなわない」というのが本当の所に近い。つまり、スローガン倒れ、絵に描いた餅、に堕しかねない危うさをもっている。

この状況を変えるための最も重要な点は、行政と、市民・NPO・事業者との間の「情報の共有」をどこまで現実のものにできるかに尽きる。そのための具体的な仕組みづくりを成功させることに尽きる。この情報の共有を実現することから「問題意識の共有」が可能になり、そこから「政策方向の一致」を探り、さらにそれぞれの責任における「政策手段の選択の合意」を経て、「協働の実施過程」までが現実のものになる。この過程において、参加者それぞれの意識改革が進行することによって、新しい政策主体が生まれる。

その際、なにより重視されるべき観点は、この「共有されるべき情報」は、全て「現場」にこそある、という観点である。政策評価の基礎は、その行政施策の実現すべき目標をどのように定めるかという点にあるが、その目標とは「住民の生活の安定と安全」であり、「その人がその人らしく生きること」を支えることであり、「夢の実現」を支援することである。しかしそのような政策目標の実現は容易ではない。個々の住民が孤立して苦闘している生活の現実に顔をそむけずに直面し、目標実現を阻んでいる生活の現実と苦闘している、そのような「現場の情報」こそ、共有されなければならない情報である。

北九州市の若松区で活動している「地域ケア研究会」は、そのような「生活現場で解決されるべき情報の共有」という問題と取り組んできた。19949月に始まり、毎月一回、第三木曜日の夜19時から21時まで、若松区藤ノ木にある区医師会館で開催されている。若松区の医師会が中心となっているが、資料代200円でだれでも参加でき、だれでも平等に発言できる現場実務者の勉強会である。参加者は動員ではない、自発的参加者で70人から130人。この活動で若松区医師会は、日本医師会の平成12年度最高優功賞を受けている。

7年目を迎えたこの927日の夜、その第84回の地域ケア研究会は、「痴呆の介護とグループホーム」というテーマだった。「家庭での介護とグループホーム探し」を40分報告した女性の話は、現在の医療・病院そして地域、施設福祉の欠陥に振り回された切実な当事者レポート。ふたつ目がグループホームの現状を、福祉施設ひびき荘の担当者から。

もうひとつは、日本医師会の常任理事である西島英利さん(小倉北区の蒲生病院長)の「痴呆専門家としての立場から」と題した講演で、「痴呆介護のポイントは、なじみの場所で、なじみの人に」を中心にしながら、厚生労働省の取り組みを含めてこれも迫真の話があった。なお、普段は事例検討をグループ討議で行う場合が多い。

研究会のあとは、恒例の焼き鳥屋での懇親会となる。医師たちと市の保健福祉局、区の保健福祉センター、福祉用具開発センターの職員も交えて盛り上り、特に先ほどの介護体験レポートの衝撃から、それぞれが改めて施策の原点から考えていこうという話にもなった。つまり、情報の共有とそれを施策に展開していく、ここもひとつの現場である。これまでの議論経過は、http://www.alphatec.or.jp/~carenet/care.htmlで見ることできるので参照されたい。この研究会は、「痴呆の介護をどうする」という切実な関心から出発し、その原点に常に帰りながら、地域福祉システムを構築してきた歴史といえる。歴史は現場で作るものだと、酒場の隅で改めて痛感した。

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