レスパイトケアのすすめ (初出:自治総研01年11月号 巻頭コラム)
奈良女子大学 澤井勝
奈良県の當麻町(たいまちょう)で、障害者基本計画を策定する作業をお手伝いしている。當麻という町は、人口16000人ほどだが、この間の国勢調査でも、若干の人口増があった。近鉄南大阪線のターミナル阿倍野に近く、大阪の通勤圏として少しずつ宅地開発が進む。「当麻の蹴速(たいまのけはや)」の縁で大相撲の発祥の地とされている。また当麻寺の曼荼羅と二つの塔、花の石光寺、二上山の麓といった葛城古道の観光の町でもある。つい先日も、その第4回目の委員会が行われ、障害者と一般住民とのアンケート調査結果、そして家族会などの当事者団体からのヒアリングのまとめを見ながら、意見交換を行ったが、その中で感じたことを少し紹介してみたい。
第一には、政策をつくる前提としての「調査」が、それとして根付いて来たことである。この調査で特に胸を打たれたのは、障害当事者に外出の条件について聞いた、その内容である。この調査は、郵送調査によるものだが、回答数は約600件。どのような施策を望むか、住民になにを期待するかなどの質問のほか、「外出の機会はどの程度ありますか」という質問に、ほぼ25%の人が、全く外出しないと答えたことである。
つまり、四分の一の障害者(身体障害、知的障害、精神障害など)が、全く家から出ていないという実態が、この町で初めて明らかになった。このことは、彼らが外出をする条件がこの町にないということを示しているとも言える。少なくも、この25%も人のうち、相当数の人が、外出をしたいという意志を持ちながら、それを断念せざるをえない状況に置かれているとまずは考えざるをえないのである。
恐らくこの人々とその家族の希望や要望は、このような調査を行わない限り、行政の目からは隠されつづけた存在であったと思われる。そして自由解答欄には、個性的な思いや希望が克明に記されている。これはまた、政策を具体的に考え、なにを重点的に実施しなければならないかを判断する重要なインパクトとなっている。
このような現実の一部を垣間見ると、声高なバリアフリー政策やユニバーサルデザインの実現という行政政策は、なお健常者からの一方的な思い込みで議論されているような気がしてならなくなる。これらの障害者と家族の家を、行政マンが訪ねているだろうか。いや民生委員などはどうだろうか。もちろん、自ら選んで、ひっそりとしていたいという人々もいるだろう。しかし、そのような人々の中には、圧倒的な情報過疎の中で、苦い諦念と断念の中で、その日その日の重い時間を過ごしている人もいるのではなかろうか。
幸いなことにこの當麻町では、介護保険では、なかなか良い政策をとっている。要介護認定にあたって、必須とされている「訪問調査」について、最初から町の保健センターの6人の保健婦が全て行ってきているからだ。この訪問調査は、介護保険サービスを受けようという高齢者を全てカバーすることになる。さらに、要介護認定の有効期間は6ヶ月であるから、最長でも半年ごとに訪問しなければならない。この結果、本来の保健婦の訪問指導と合わせて実施することによって、予防活動や健康を維持する活動という保健婦の仕事の、活性化と拡充が進む。担当の保健婦さんは、「とてもおもろい。やりがいがある」という。それは、検診業務の忙しさやデスクワークでは得られない、家庭での生活のまっただ中で高齢者と一緒に考えるという、保健婦の仕事の醍醐味につながるからだろう。
もうひとつ、家族からの切実な願いとして出てきたのは、「介護をしている家族を休ませたい。でもそのための施策がない」という問題であった。これは、大阪の療育施設などでは、意欲的に取り入れられてきた、「レスパイトケア」の考え方に他ならない。レスパイトケアとは、オーストラリアなどで制度化され充実されてきた、「介護者する人に対するケア」である。介護者が休息したいときに、施設にその障害者を預かる。また施設を望まないときには、交替の介護者を派遣する。つまり、ショートステイであり、ベビーシッターである。という風に言うと、今でもあるじゃないか、ということになりそうだ。また、要介護者の要望を無視したものという意見や、家族介護を強要するための施策という批判も当然のことにありそうだ。
問題は、現在のショートステイなどは、明確に「介護者を休ませ、活力をとりもどす」ケアとして位置付けられていない、中途半端なものだということである。また、障害者のショートステイについては、多くの府県で、市町村担当者も含めて、その制度があることもほとんど知られていない。それは、家族会などを通じた口コミの世界に閉じ込められている。介護者に余裕がなければ介護を受ける障害者もつらいことになる、という現実を直視しなければ、ものごとは進まないに違いない。
介護する家族は、もっと正々堂々と休んでいいのだ。そのための施策をきちんと確立し、それを大きく包容するコミュニティの意識と組織を実現したい。そのために、基本計画と実施計画を短期、中期、長期のものとして考えたい。また行政と住民と事業者がなにをできるか考えてみたいと思う。障害者とその家族の思いを、いま、ここで、具体的に形にできるように議論をしていきたいと思う。