呼び寄せ高齢者の社会的構造    (初出:『総合ケア』200010月号)

「呼び寄せ」と「遠距離介護」そして「盆暮れの里帰り」 

 「呼び寄せ老人」という社会的現象は、わが国に特有な経済的、社会的構造から産み出されたものである。若いときに東京や大阪、名古屋など大都市圏に進学や就職のために住居を移してきた世代が、子供たちの成長を待つまでもなく、今度は自らの親の介護という問題にぶつかるところから話が始まる。郷里に残された両親が病弱となり、そこでの生活が難しくなるとき東京や大阪など大都市圏の子供の世代が、それを個人的に、あるいは家族関係の中で解決しようとするときに採られる対策、あるいは採る態度は三つある。ひとつはここでいう「呼び寄せ」であり、もうひとつは「遠距離介護」である。このふたつは、しばしば後者から前者へ、また前者から後者へと互いに移る。そして三つめは、盆と正月に孫を連れて帰ること以外は「なにもしない」もしくは「なにもできない」という態度である。むしろこの三番目の態度が、もっとも普遍的な、郷里を遠く離れた親子関係にちがいない。このクールな関係が維持できなくなるほど、親の世代の生活状況が悪化することによって、「呼び寄せる」か「遠距離介護」かの選択を迫られる場合が出てくる。

日本的な問題としての「呼び寄せ老人」

 「呼び寄せ老人」の場合、既に多くの問題が指摘されてきた。「呼び寄せ老人」は、多くが単身である。つまり、連れ合いが居るあいだは、お互いに世話を焼きながら、けんかをしながらも、まだ郷里の家で頑張ることができる。しかし、どちらかが欠けたとき、一人暮らしを維持することが困難となる(と子供たちが思う)。客観的に困難かどうかは別にして、「親が一人では暮らせない」という思いを子供たちが(男子でも女子でも)持ちやすいことは、確かである。一人になった親が不憫であり、ほおっておけないと感じる。

 このような親子関係をめぐる意識は、かなり日本的なのであるまいか。北欧やアメリカでは、親子関係はもっとドライで、親は親、子供は子供、というのが社会的通念であるとされている。ビヤネール多美子さんの『スエーデン超高齢社会への挑戦』(ミネルヴァ書房、1998年、260頁)によると、EU諸国における高齢者の調査では、「だれが定期的に世話をしてくれているか」に対する解答が紹介されている。ここでは、「同居の子供の世話」の濃淡によって三つのグループに分けられると思われる。第一は、ギリシャ(38.6%)、スペイン(30.2%)、イタリア、ポルトガルなどの三世代の同居率が高い諸国で一緒に住む子供の世話を受けている高齢者が3割以上となっている。このグループでは配偶者による世話も当然高い比率である。第二には同居の子供の世話の比率が非常に低いスウェーデン(3.1%)、オランダ(1.5%)、デンマーク(4.0%)、フランス(8.3%)、イギリス(8.9%)などの諸国、第三にはこの両者の中間にあるドイツ(19.6%)、ベルギー、アイルランドなどの諸国である。

 親子世代の同居率は、三世代同居世帯の比率として近似的に捉まえられると思われるが、わが国の1995年の国勢調査では、全国平均では30.1%である。もっともこの三世代同居の状況は、鳥取県の39.7%、島根県の35.3%、岡山県の31.4%、広島県の23.7%、山口県の21.7%、東京都の15.6%のように地域差が非常に大きい(堀内隆治、山口全夫『高齢社会の地域政策』ミネルヴァ書房、2000年、33頁)。

 また、妻の意識として、「年をとった親は、息子夫婦と一緒に暮らすのがよい」かどうかを聞いた調査では(平成8年『度厚生白書』6頁)、妻の年齢が高いほど、息子との同居に賛成する割合が高くなる傾向がある。とはいえ、親を同居させる立場と想定される30-39歳の年齢層でも、賛成が51.0%と半数を超え、反対は45.1%である。

この親子関係の日本的なあり方は、そう簡単に変わるものではないと想定される。したがって、ことの善し悪しは別にして、このような親子関係がなお続くとした上で、この問題を考える必要がある。もっとも、厚生白書のような調査を見ると、親の世代も含めて、子供への依存を批判的に見る人々も明らかに増加しているから、長期的には大きな変動が生じることもありうるというもメモしておきたい。

 わが国の人口移動の特性

 同時に、わが国の条件として看過できないのは、世界的に見ても異例なほど経済成長が早かったこと、また地域的なアンバランスを拡大するようなかたちで開発行政が進行したために生じた社会的ひずみを伴ったこと、というふたつの条件があるという点である。これは、いわゆる過密と過疎という表裏一体の社会現象として1960年代から1970年代にかけて社会問題となったものである。

 わが国における1955年以降の人口移動を、転入超過数(転入者数−転出者数)で見てみると、三大都市圏への人口流入のピークは1963年ごろだが、1955年ごろから1973年ごろまで、大きな社会的な人口移動があったことがわかっている(旧総務庁統計局のホームページによいグラフがある)。

 金の卵といわれた中学卒業者の「集団就職」、太平洋ベルト地帯への工場立地による労働者の移動と張りつけ、過疎地からの移転、エネルギー革命による炭坑の閉山と職業転換、

金融、不動産、対事業所サービスなどの都市的な第三次産業へのシフト、つまりサービス経済化による都市における雇用機会の急速な膨張、などが背景にあった。

 このために、人口急増の波を受けた大都市部も、人口急減の潮流にさらされた過疎地も、

同じ産業構造の激変の影響を受けて、違った形ではあるが地域社会の荒廃に見舞われたのである。しかもそれぞれにその荒廃を放置するか、十分に対応できない事情におちいったことも盾の両面のようだったといえる。

 すなわち、人口急増の波を受けた都市部は、まず住宅の不足に見舞われた。この新住民に用意すべき住宅を短期間に供給するために用意されたのが、住宅公団による大規模住宅団地の開発であった。大阪の千里ニュータウン、東京の町田や多摩ニュータウンなど。このとき採用されたダイニングキッチン、団地サイズ、エレベーターなしの5階建、団地内のマーケットないしスーパーマーケット、住区公園、などなどの規格は新しい生活スタイルを生むとともに、高齢者向けでない低質な住宅ストックとなる運命をもっていたのである。この団地を抜けだして、より郊外の一戸建の5LDKぐらいに移り、親のために仏壇つきの部屋を用意しえた人にも、次のような関門が、同じように待ち構えている。

新しい環境に移るということ

 呼び寄せ老人が、「呼び寄せ老人問題」として顕在化したのが、東京の町田市であったのは、いわば必然であった。そこでは現在も次のような情景がある。

「Q28 秋田で一人暮らしをしている母のことで相談します。まだ、頭も体もしっかりしているとはいえ、今年で80歳になるので、子どもたちのだれかと同居しては、という話が出ています。娘の私か、東京の長男が呼び寄せることになりそうですが、環境が変わると、ぼけるという話も聞きます。気をつける点があれば教えてください。

A 長年住み慣れた町を出て、子どもと同居したとたんに、ぼけてしまったという話はよく聞きます。環境が急に変化してしまうために、お年寄りは自分を見失ってしまうのでしょう。お年寄りに対するそんな“危機”をなんとか乗り切ってもらうためには、何が必要でしょうか。

 環境が変わるのはやむを得ないとしたら、せめてほかのものはできるだけ変えないようにしましょう。

 まず、生活のスタイルです。これまで秋田で暮らしてきたスタイルを継続するようにしてください。例えば、布団で寝ていたのなら、ベッドに変えるのは避けましょう。枕や寝具も新調するよりは、これまでの物をそのまま使ったほうがいいと思います。

 一日の過ごし方も、これまでの習慣を変えないようにしましょう。そうは言っても、田舎と都会の違いや、同居する家族のライフスタイルとの兼ね合いもありむずかしいでしょうが、最初の数ヶ月が大事なのです。ちょっと若い人がガマンして、お年寄りに合わせてあげましょう。

 人間関係を保つのはもっと大切です。家族同士で話す機会も少ないし、近所の人たちとは話も合わせにくいでしょう。

 ここはひとつ、最寄りの秋田県人会に連絡をとって、同郷で同世代の人を紹介してもらってください。お互いに方言でおしゃべりできる友だちがいることが、ぼけ防止の一番の薬です。近くの老人福祉センターにも行ってみてください。友だちができて一緒に温泉旅行にでも出かけるようになれば、新しい環境に適応したということです。」(三好春樹『ねたきりゼロQ&A 介護現場からの73の質問』雲母社、1996年、102104頁)

 このように、呼び寄せた家族のほうにも、介護に関しての、あるいは高齢者の生活についての洞察力をもつこと、そして新しい関係をつくる方法への理解が求められる。多くの「呼び寄せ」がうまくいかないのは、親子関係の力だけに頼るからである。

財源的な制約で貧弱な地域福祉のネット

 「呼び寄せ老人」は、多くの場合にその家族に介護や生活の負担がかかる。特に呼び寄せられた高齢者本人にしわよせが行く。それは、一人あるいは病弱な高齢者のみの世帯が、そして呼び寄せられたお年寄りが安心して暮らせない、地域社会の仕組みがあるからである。この地域社会の問題は、郷里の地域社会と、大都市部の地域社会の双方にある。

 大都市部では、多くの財源が、押し寄せる新住民に対応して、前記のようにまず住宅(街路、公園、水道、清掃)そして次は保育所の増設に振り向けられた。そして小学校の増設と中学校の増設である。図書館も文化ホールも、である。下水道とゴミ処理なども重い財政負担となった。これらの投資は、起債をともなう建設事業であるから、当然借金残高の拡大に悩まされ、利払いに苦しめられる。そしてこれらの都市施設の維持管理費によって経常的支出が増大する。すなわち人件費の負担が大きい。結果は、既存事業の管理に拘束された財政の硬直性という高血圧症か糖尿病のような病をかかえることになる。

 このために地域福祉のネットワークを構築する資源が乏しくなり、それを克服するために従来の歳出構造を大胆に転換しなければならないのに、それが極めて難しい自治体が多い。街のつくりも、産業優先、経済優先の路線を走ってきたために、自動車優先、青壮年優先の街になっている。歩道はなく、あっても狭く、段差があり、電柱などの障害物がたちはだかる。急な階段を登り降りすることを強制される疲れるばかりの道が多い。歩いて楽しい道や、休息しながら歩ける道はまれだ。

 訪問看護やホームヘルプ、リハビリのようなサービスを担う人材を確保する財源はごく限られる。ケースワーカーをゆっくり養成する財政的裏づけがない。これらが、地域社会で人々が安全で安心できる暮らしをすることを妨げている。

 そして地域コミュニティは崩壊している。近隣の付き合いは薄くなり、用水の管理や道路の維持補修などの、古い共同体的な協働スタイルは廃れている。しかしそれにかわる新しいコミュニティは未形成である。

 地方的地方でも、同じように地域の福祉システムは崩壊している。まず過疎化と高齢化によって集落の維持が難しくなっているところが多い。道路の維持管理や水路の維持管理、屋根の葺き替え、葬祭のとりしきりといった共同労働が出来なくなると、その集落は維持できない。一方で、人口流出を止めるために、同じことだが地域活性化のために、道路事業や土地改良事業に多くの財源が充てられた。また各種会館などのハコものが建設された。これらは、地方債という借金のかたまりを残す。ここでも下水道が、しばしば過大な規模で建設された。

 一日に数十台の車が走るだけの道路に、素晴らしい舗装と道路施設が用意されているがこれも市町村道であれば、多くが過疎債や臨時市町村道整備債などの起債事業を伴う。道路の整備自体は、悪いことではない。当面の雇用の確保と長期的な地域活性化のために必要であることも事実である。それらがうまく行けば域外からの交流人口を呼び寄せる効果と、若者定住の効果も期待できる。しかし、反面では、建設事業を維持するための自転車操業状態に陥り、新しい社会的サービス需要に、機敏に、そして十分に対応できない市町村が少なくないことも残念ながらもうひとつの事実である。

 今回の介護保険の導入に当っても、介護保険の導入によって従来老人福祉費に充てられてきた財源を浮かし、他の事業に振り向けた市町村も少なくない。本来、介護保険の導入は、手厚い一般行政サービスとしての高齢者保健福祉費に支えられて、ようやくその制度の趣旨が活かされるはずのものなのである。介護保険の導入で浮いた財源は、それまで手薄であった高齢者の自立支援のために投入すべき財源である。さらに追加的した一般財源を、一般行政サービスに投入しなければならない。このように頑張っている市町村もある。しかし、この浮いた財源を建設事業などの財原に転用してしまう市町村も少なくない。その上で福祉予算がない、というのである。

 こういった状態では、大都市部の子どもたちが、一人暮らしの親を故郷の地域社会にまかせられないと思うことは自然である。逆に言えば、介護保険と高齢者保健福祉政策および障害者施策の充実と成熟によって、一人暮らしの親を安心して郷里の自治体と地域社会に任せることが可能になる。

地域福祉施策の展開による「呼び寄せ高齢者」問題の解決を

 以上に見てきたように、わが国「呼び寄せ高齢者問題」は、大都市部と地方的地域の市町村というふたつの地域で、地域コミュニティの再生あるいは新たな構築と、介護保険を中核とした地域福祉政策の展開によって、相当程度対応できるし、対応すべきものである。

そのためには、現在の市町村行政のあり方を変え、とりわけ予算の構造や編成過程を変えることも必要だ。それには、地域社会の現状と、家族の抱える問題を十分に調査し、把握しなおすことから始める必要がある。大きな危機感の共有こそ、問題解決の出発点だからである。

 一方で、家族としての子どもの世代の、高齢者の世界への理解と、介護についての正面からの議論が必要である。それによって新しい親子関係の展望が語られることが望ましい。それぞれの家族の歴史と経験を重視しながら。

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