コラム NO1
巻頭言 居場所をつくる
初出:大阪市政調査会『市政研究』2001年夏号
近鉄奈良駅から、奈良交通のバスで柳生に向かう。般若寺への坂を左に分けて5分ほどの小高い丘の中腹に、特別養護老人ホーム万葉苑がある。ホームの玄関口から振り返えると東大寺大仏殿の甍が望める。この万葉苑は、いろいろ実験的な取り組みを進めててきた。ホーム内の自動販売機では缶ビールもさりげなく売られていた。ここで、2000年の6月からユニットケアを始めている。
ユニットケアとは、利用者を小規模なグループに編成して、疑似的な家族を構成し、ケアワーカーも専属で配置する。できるだけ普通の生活の場に近づけるための大きな工夫だ。万葉苑のユニットで、いい雰囲気だとされるのは利用者15人にワーカーが8人程度。きまったたまり場兼食堂(つまり少し大きなリビング・ダイニング)で食事もユニットごとに配膳し、みそ汁もそこで一緒につくる。つまり、水回りの設備とガスなどもユニットごとに配置される。もっとも特別な改築などはしていない。既設の設備の再利用といったおもむきであるだそうだ。
その効果について、主任生活指導員の小寺一之さんは次のように言う。ちなみに、彼はカリスマ介護士と他称される。
「お年寄りと座っていることができるようになりました。それと徘徊していた人が、ユニットの談話スペースで座っていてくれるようになりかけています。少しずつ自分の居場所が出来てきているようです。」
ここで「居場所」というキーワードが出てきた。以前に同苑を訪問したときにも、この「居場所」をつくることが、ホームでの処遇の一番の課題だと聞いている。そのときの話だと、居場所にはふたつの意味があるという。ひとつは物理的な居場所。もうひとつは、人との関係でそれぞれの利用者がそこに必要だと実感される、そのような人間関係としての居場所だ。
このふたつの居場所は、痴呆性の高齢者に限らず、生きているわれわれにとっても不可欠な条件である。お気に入りの椅子で、お気に入りのデスク。あるいは、食卓のいつもの一角が、あるいは行きつけの飲み屋の指定席が、自分らしさを取り戻す場所だったりする。その点では、施設入所者がそれまでの生活の延長としての道具を持ち込むことができるのが望ましいとされている。思い出のつまった整理箪笥や鏡台、家族の写真、位牌などなど。このようにして、自分のモノに囲まれて、自分の空間ができる。一度出ても戻ってくる場所がある。
もうひとつの居場所とは、人間関係としての居場所、すなわち私はここにいていい、ここでは私は誰かに必要とされているという気持ちが持てる、そういった場所である。つまり、人間関係が、その人にとってコンフォタブルなところであって欲しい。そのためには、高齢者と介護者が継続的な人間関係が持てるように工夫される必要がある。そこに信頼関係も生まれてくる。
万葉苑の場合、このような居場所づくりをユニットケアという形で実践してきて10カ月、徘徊などの痴呆症のかたの問題行動はほとんどなくなって、前よりさらに落ち着いた雰囲気となったという。
つい先日、これも奈良市内北部の高の原にあるサンタマリア特別養護老人ホームを尋ねた。大きな新興住宅地にあるが、10年前の設立のときは住民の強い反対運動にあって大変苦労した経験を持つ。今は地域に溶け込んでいて、今年5月の消防訓練には地域住民が200人参加したという。
この訪問は、大和郡山市の第二次介護保険事業計画・老人保健福祉計画策定委員会としての企画である。特に奈良市の委託を受けた配食サービスが出色で、一日220食から250食の昼食を基本的に週5回、地域の一人暮らしと高齢者のみ世帯に配っている。栄養士二人と職員およびボランティアによる手作りの弁当を7台の配送車で配る。訪問した日のメニューは、鮎の塩焼き(笹の葉を敷いて)、おからのたいたん、牛肉のしぐれ煮、新生姜の炊き込みごはんなど季節感溢れたものだった(おいしかったです)。なお、土日の配食サービスについても、なんとか実現したいという。
ここでも、5年ほど前からユニットケアにまでにはならないが、グループケアへの移行を進めている。10人ほどの単位で、デイルームを設けたり、食事のグループをつくって、なるべく家庭的な雰囲気に近づけたケアをつくろうとしているようだ。1グループ当たりケアワーカーは8人ほどの配置だという。廊下を歩行器で歩いていた女性は、病院から移ってきた人だが、病院ではベッドに抑制され、歩くことも出来なかったし意思疎通も不可能とされていた人だという。ここに入ってからはめきめき回復し、今は歩行器を押しながら歩く訓練を一人でしているのだ。前の病院の看護婦さんが「信じられない」というほどの回復力である。人々の生きようという生命力はすごいです、と担当者はいっていた。
このように、施設サービスの改革は、ひとつの方向に向かいつつある。増加しつつあるグループホームもそうだが、尼崎の仮設住宅の廃止を受けて設けられたグループハウスもそのひとつである。仮設住宅に入居していた人のうち、行き場を失う人たちの受け皿として、プレハブで出発したこの試みも、居住者が主人公という考え方がより鮮明になりつつある。つまり、施設改革の方向とは、居住者がそこでの生活の主人公となる、という方向である。
別の言い方をすれば、ケアワーカーや生活指導員に一方的に管理され、抑制された生活から、入居者が自分たちでそれぞれの能力と意欲に応じて、生活を管理するというかたちに近づくことが、追求されているひとつの共通した方向といえる。それは、個人の生活を尊重しながら限りなくホームのほうへ、そして地域のほうへ、という流れだとも言える。
「自立した日常生活を営めるよう支援する」という介護保険法の理念を具体化するとこのような実践となるのではないか。
そして「居場所をつくる」という考え方は、繰り返しになるが自分の生活を自分で管理し、自らの意志で生活のリズムをコントロールできることでもある。その生活とは色々な目標を達成する意思的な行為で成り立っている。普通に生活しているわれわれの日々の生活を見ても、細々とした目標の連鎖で織り上げられている。今日中にしなければならない仕事の段取りから、友人との夕方の食事の約束、週末の買い物のスケジュール、町内会での清掃の予定、夏の家族旅行、子供の来年の卒業のこと、などなど。もっとも、目標などしゃらくさい、ただぼんやりすごすことがいいのだ、というのもあり、でなければならない。
このように生活の目標やスタイルをつかむことによって、地域での生活を再構築することが、「居場所をつくる」実践の直接の延長上にある。それは、地域における居宅での生活を保障するために何が必要かということをも示唆している。
自分が主人公である居宅で生活することは、しかし、簡単なことではない。孤立した人々を見守ることを初め、地域コミュニティのネットワークに柔らかく包み込むことが求められる。現実にはそのようなコミュニティは視えない場合が多いから、新しくつくられなければならない。少なくともそのきっかけを、在宅介護支援センターの強化などを通じて小学校区単位で用意する必要がある。同時にしばしば地域コミュニティが陥る過度の干渉や排他性というマイナス面を調整することも重要だ(放っておいてくれる自由!)。そのためにも、総合的な共同社会であるコミュニティの再構築とともに、ひとつの共通の目標を実現しようとする個人の自由な連合、自律した個人の集まりとしてのアソシエーション的なつながりを大事にし、その束としてのグローバルな地域社会をつくる共同性、そのような共同性もまた豊かに構想されることが必要なのである。